とりあえず真面目に対応する事を放棄して、さっさと話を進める事にした。俺の常識が崩壊する前に。

「……星乃は美術室には詳しいのか?」

「え? 私ですか? ええ、まあ、それなりには」

「……実は、絵がみつからないんだ」

「はい?」

 何が何だかわからないという顔の星乃に俺は説明する。

「俺が美術の授業中に描いたマルス像のデッサンが行方不明になってしまったんだ」

 俺は学年ごとに収められている画版置き場に近寄る。

「紙の隅には俺の名前も書いてあった。だから他の誰かのものと区別がつかなくなるなんて事もないはずなんだが……なぜかここにある画版を全部調べても見つからなくて……」

「ほほう。それは事件ですね。事件簿ですね」

 俺は手近にある画板を引き寄せる。画板には、紙に描きかけのデッサンがクリップで固定されているが、自分のサインはどこにもない。
 もう一枚、別の画板を手にとってみるが、そっちは使われていないようで、紙もクリップもついていなかった。

「参ったよ。次の授業で提出しなけりゃならないってのに、見つからなかったら今から書き直さなきゃならない」

「うーん、それだけ探しても見つからないということは、紙が画板から外れてどこかに紛れてしまったんでしょうか? それとも誰かが間違えて持っていったとか? でも、サインはしてあった訳だし……不思議ですね」

「それで、どこかに絵が紛れ込んだとかしたんじゃないかと思って。美術室に詳しい人間なら何か知ってるかと」

「なるほど。それで風紀委員長様は私の力を借りに来たと」

「まあそんなところなんだが……それはそれとして、その『風紀委員長様』って呼び方やめてくれないか。俺だって君の事を要求通り名前で呼んでるだろ?」

 特に「様」付けなところが気に入らない。実に偉そうだ。それを伝えると、星乃は迷うように目を泳がす。

「それじゃあ……おにいちゃん?」

「誰がおにいちゃんだ」

「いやあ、でも、その、ええと……実は恥ずかしながら、風紀委員長様のお名前を存じ上げないもので……すみません、ほんとすみません! 馬鹿ほしのんと罵ってください!」

 まあ、そんなところだと思ってた。クラスメイトでさえ、俺の事「風紀」って呼ぶやつもいるからな。学年が違えばなおの事他人の名前なんて曖昧になるものだ。 

「俺は蓮上(はすがみ)才蔵(さいぞう)だ。2年Ⅽ組。覚えておいてくれ」

「ほほう。才蔵ですか。なんだか強そうなお名前ですね。忍者みたい。にんにん。蓮上先輩『にんにん』って言ってみてくださいよ。にんにん」

「いまどきそんな事言う忍者がいるか。いつの時代の話だ。昭和じゃあるまいし」

「えー、それじゃあ『だってばさ』とか?」

「絶対言わないぞ」

「むむ……それは残念。似合いそうなのに」

「似合ってたたまるか」

「仕方ないですね。それじゃあさっそく蓮上先輩のデッサンを探してみましょうか」

 言うなり星乃は画版を何枚か取り出す。

「だからそこはもう探したって――」

 俺が言いかけると星乃は手で制す。

「でも、もしかしたらって事もあるかもしれないじゃないですか。もう一度全部の画版を確かめてみましょう」

 うーん……美術部員が言うなら仕方ない。俺はその言葉に従って、星乃と一緒にもう一度全生徒分の画版を確認する事にした。

 数十分後――

「うーん……見つかりませんねえ」

 全部の画版をチェックし終わった星乃は、疲れたといった様子で床に座り込む。

「だから言っただろ? 全部探したって」

 俺の抗議の声に星乃は

「すみません……」

 と小さくなる。