あたりが夕日に包まれ始める頃――
 俺達はまだ穴を掘り続けていた。
 
 深さは俺の腰くらい。星乃の理想とする塹壕はまだまだ完成しそうにない。
 
 星乃をちらりと見やるが、彼女はいまだ一心不乱に地面を掘り返している。

 相変わらず熱心だな。俺はもう疲れた。何しろ朝からずっと作業してるんだからな。

「なあ星乃。今日のところはこれくらいにして、続きはまた今度にしないか? 明日の放課後でもいいし」

 俺の言葉に星乃ははっとしたように顔を上げると、何故だかおろおろと辺りを見回す。

「で、でも、それじゃあ遅いかも……」

「遅い? 何が?」

「あ、いえ……」

 星乃は言葉を濁すと、暫く逡巡する様子を見せた後で顔を上げた。

「わかりました。非常に不本意ですが、とりあえず塹壕の深さはこれでよしとしましょう。あとは穴の底に降りるための階段が必要なんですが……蓮上先輩、お願いしてもいいですか? 私は掘り返した土を捨ててくるので」

 どうやらこれ以上穴を掘らずに済むらしい。やっとこの不毛な労働に終わりが見えた。それだけで心も軽くなるというものだ。今更階段を作るくらいどうという事もない。

 星乃の気が変わらないうちにさっさと作業に取り掛かる。


「よーし、積載完了! エーデルワイス号、発進! キュラキュラキュラ……」

 星乃は妙なオノマトペを発しながら、土を積み込んだエーデルワイス号という名の台車を押してどこかに消えて行った。

 そうして星乃が何度か往復して土を運ぶ間に、俺は地上と穴の底とを繋ぐ階段を作り上げる事ができた。うむ。我ながらなかなかの出来だ。

「はあ……」

 額の汗を上着の袖で拭いながら辺りを見回す。階段の完成を告げようと思ったのだが、何故か周囲に星乃の姿はなかった。

 あれ? どこ行ったんだ?

 近くには放置された空の台車。土を捨てに行っているわけでも無いみたいだ。

 反射的に穴の中を覗き込む。そこにはいつのまにか、土壁に寄りかかるようにちょこんと座り込む星乃がいた。

 なんだこいつ。さっきまであんなに元気だったのに。もしかして、どこか具合が悪いとか……? まさか熱中症……⁉

「おい星乃、大丈夫か? 飲み物いるか?」

 慌てて声をかけると、星乃は我に返ったようにこちらを勢いよく振り仰ぐ。その顔はなんだか上気している。

「せ、先輩! ちょっとこっちに来て下さい! 早く早く!」

 勢いよく手を上下させて手招きする。とりあえず体調が悪いわけじゃないみたいだ。
 怪訝に思いながらも階段を下りると、星乃が俺のシャツを引っ張る。

「ここ、座って! 早く!」