「塹壕花壇……?」

 なんだそれ。初めて聞く名前だ。別にびっくりはしないが。
 塹壕ってアレだよな? 戦争とかで敵の攻撃から身を守るために掘る深い溝みたいな……。それがなんで花壇に?
 俺の疑問に星乃は得意げに胸を張る。

「そう。深く掘り下げた地面を塹壕に見立てて、底の部分に花を植えるという、私の考案したオリジナル花壇です。塹壕のように閉塞感と悲壮感溢れる場所で花を眺める事により、その美しさがより一層際立って感じられる……というコンセプトの前衛的な芸術作品なんです。あ、せっかくだから、周りに土嚢(どのう)を積んだら、より塹壕っぽさが出るかも!」

「は? そんな穴の底に花を植えても、日光が当たらなくてすぐに枯れるのがオチだろ。花の苗を無駄にするだけなんじゃないか?」

「でも、美術部の顧問の先生に相談したら『それは素敵な考えだね』って賛同してくれましたよ。ここに花壇を作る許可もくれました。生徒ひとりひとりの自主性を育てるにはいい機会だって」

 マジか。顧問のやつ、いい加減な事言いやがって……。
 おかげで調子に乗った女子高生がここに爆誕してしまったわけだ。

「だから、私にはこの場所に花壇を作る権利があるんです。それを止めさせたいっていうのなら、蓮上先輩も正当な理由を提示してください。それに、もしかすると将来『アジアのミケランジェロ』と評される芸術家の作品を目にする事になるかもしれませんよ? 歴史的瞬間に立ち会うレアチャンス!」

「おい待て。まさか、君はその塹壕花壇とやらでミケランジェロと肩を並べるつもりでいるんじゃないだろうな?」

 思わず問うと、星乃は「えへへえへへ」と頭をかいた。

 本気か? 信じられないほどの厚かましさだ。どこからそんな自信が湧いてくるのか知りたい。花畑なのはこいつの頭の中なんじゃないのか? その名の通り菜の花が咲き乱れる花畑。

 なんだかもう馬鹿馬鹿しくなってきた。そんなよくわからない前衛芸術のために俺は駆り出されたっていうのか。しかも星乃は、その塹壕花壇とやらをミケランジェロの作品に並ぶほどの傑作のように思っているらしい。

 くそ。パンツの件さえなければ放り出してるところだ。

「それで、その塹壕花壇とやらは、どのくらいの深さまで掘ればいいんだ?」

 苛立ちをおし隠しながら問うと、星乃は視線を上向けて考えるそぶりを見せる。

「そうですねえ……やっぱり塹壕というからには蓮上先輩の背丈くらいは欲しいかなあ」

 嘘だろ……それだけ掘らないと、この理不尽な労働から解放されないってのか?

「でもでも、私も頑張りますから! 一緒に綺麗な花壇を作りましょう! ね! ね!」

 こいつのこの元気はなんなんだ。そんなに花壇を作るのが楽しいのか? なんであれ作品を作る事に喜びを感じるという点に関しては、さすが美術部員といったところか。俺にはどうにも理解できないが。

 再び熱心に土を掘り返し始めた星乃を眺めると、俺も諦めて地面にシャベルを突きたてた。