「……よし、それじゃあそろそろ行くか」
「あれ? もっとじっくり観賞しなくていいんですか? あんなところやこんなところとか」
「見たくなったらいつでも見に来るさ」
半分は本心だ。もう半分は……銅像のモデル自分だとわかると、何故だか急に恥ずかしくて直視できなくなってしまったのだ。
「今日の部活動は昨日に引き続いて林檎のデッサンですね。今日こそは先生の言ってた林檎の角を見つけてみせますよ。ビバ・アップル!」
「なあ星乃」
「はい?」
「粘土の摸刻も、デッサンも、どうして林檎をモチーフにするんだ? 赤坂や蜂谷先生も林檎を作っていたし、何か林檎に特別な意味でもあるのか?」
「んー、特別な意味と言いますか……林檎って丸いようで丸くない。赤一色のようでそうでないでしょ?」
「つまり?」
意味がよく飲み込めない俺に、星乃は笑いかける。
「美術の基礎を学ぶには、うってつけなモチーフだって事です」
「……それだけか?」
「それだけです」
…………。
「くっ」
思わず笑い声が漏れる。
「はははは……そんな単純な理由だったのか」
「あー、林檎を甘く見ちゃだめですよ。特に先輩はデッサンの経験が浅いんですから、バリバリ描かないと先生みたいになれませんよ!」
「俺に先生レベルの技術を求めないでくれ」
と、そこで星乃は気づいたように
「そういえば先輩、今日はテラコッタの焼き上がり予定日ですよ。部活が終わったら引き取りに行きましょうね」
「その後は、駅ビルでパンケーキ食って、買い物でもして、画材でも見るか?」
「おお。素晴らしいプランですね。なんだかデートみたい」
「……デートのつもりなんだが」
「え? え? ……そ、それって……」
立ち止った星乃を見ると、俺を見上げるその顔がきょとんとしたものから徐々に赤くなってゆく。
参ったな……。
俺は頭を掻く。
こいつ時々ものすごく冴えてるのに、こういう時は結構鈍いんだな。
「……全校放送で言ったろ?『好きだ』って」
「な、なんですかそれ! あれってそういう意味だったんですか!? し、しかもデ、デデ、デートって! そんなイベントスーパーレジェンドレアですよ! さらりと言わないでください!」
「すぐにスーパーレジェンドレアからノーマルに変えてやるよ」
俺は星乃に手を差し伸べる。
彼女は一瞬躊躇った様子を見せた後、俺の手を取る。
今日は温かい手だった。
「その前に、部活に行こうか」
星乃は手を振り払う事なく、顔を赤くしたまま頷く。
俺達は手を繋いだまま歩き出した。