「おい、人を連れてきたぞ」

 言いながら一番奥の個室を覗き込む。
 だが、そこには誰もいなかった。便器の周りには無残にも吐瀉物が飛び散っている。

「あれ? どこに行ったんだ?」

 他の個室にもいない。念のため廊下を見渡してもそれらしき姿は無い。まるで消えてしまったかのように。
 あんなに具合が悪そうだったのに、大丈夫なのか? それとも自主的に保健室まで行ったんだろうか? それならいいんだが……。
 釈然としない気持ちを抱えながらも、蜂谷先生に向き直る。

「先生。どうも例の男子はどこかに行ってしまったみたいです。無駄足を踏ませてしまってすみませ――」

 俺が言いかけると、先生は

「……おぇ」

 と言って他の個室に飛び込む。
 貰いゲロだ。
 ……先生って、繊細なんだな。

「先生。ここは俺が片付けておくので、どうぞ美術準備室に戻ってください。お手数をお掛けして申し訳ありませんでした」

「……いや、俺こそ大して役に立てなくてすまない。また何かあったら声を掛けてくれ」

 蜂谷先生はそう言うと、洗面台で口を漱いだ後、若干ふらふらとトイレから出て行った。

 ……仕方ない。この惨状をなんとかするか。

 しかし何だったんだろう。あの男子生徒は。まさか、怪談によくあるトイレのナントカさんみたいな存在だったとか? 
 なんて、馬鹿馬鹿しい考えを排除しながら、掃除用部入れの扉を開けた。