「らんらららんららららら~」

 無事に入部届を受け取ってもらい、晴れて正式な美術部員となった俺達は、夕日に照らされる通学路を歩く。
 浮かれまくって上機嫌で妙な歌を口ずさむ星乃に反比例するように、俺の足は重くなる。
 と、そこで星乃の歌声はぴたりと止まる。

「あの、先輩。もしかして、入部した事を後悔してます……? 私が無理を言ったからしぶしぶ入部したとか? それともあの場の雰囲気に流されたとか……?」

 どうやら俺の態度がおかしい事に気づいたようだ。慌てて首を振る。

「そんな事ない」

「でも、さっきからなんだか浮かない顔してますよ。お腹空きましたか? 何か食べて帰ります? パンケーキとか」

「そうじゃない……ちょっと気がかりな事があって……」

「気がかりな事?」

「ほら、蜂谷先生は相貌失認なわけだろ? 赤坂があんな髪色にしているのも先生に見分けてもらうためだし」

「そうですね。でも、それがどうかしました?」

「いや、だから、俺達も先生が一瞬で判別できるような外見にしないと、まずいんじゃないかと思うんだが」

 それを聞いて星乃は立ち止った。驚いたように目を見開いて。
 今の俺達は、先生から見ればそのあたりにいる有象無象の生徒の一人。ちゃんと判別できるだろうか? 現に誰だかわからないような態度を取られた事だってあるのに。
 その可能性に気づいたのか、星乃は急に取り乱し始めた。

「ああああ! 私のバカバカ! 浮かれていてそんな事まで気が回りませんでした! 先生に逢うたびに『菜野花畑星乃です』なんていちいち名乗るわけにはいきません! もしも何度も誰かに見られたら思いっきり怪しまれてしまいます! どうしよう先輩! 服にでっかい名札でも縫い付けますか⁉」

「うーん……」

 俺は暫く考えてみたが、これといった妙案は浮かばず

「気が乗らないが、ここは先人に倣ってみるか」

 茜色の空に目を向けながら呟く事しかできなかった。