「おう、やっと来たな。待ちくたびれたぜ」

「悪い。遅くなってしまって」

 謝りながらも、俺はこの部屋に入った瞬間から星乃の様子が変わった事が気になっていた。

 なぜかきょろきょろと辺りを見回しては、深呼吸している。

「どうしたんだ?」

 俺の問いに、星乃は戸惑ったような様子を見せる。

「ええと、さっきから油絵を描く時に使う溶き油みたいなにおいがするような気がして……でも、もしも先生が絵を描いていたのなら。どこかにカンバスがあるはず。けれど、それらしきものは例の小鳥遊先輩の肖像画以外見当たりません。だから、その、ちょっと気になって……」

 どうやらにおいの発生源を探していたみたいだ。言われてみれば何か特徴的なにおいがするような。これが溶き油のにおいなんだろうか?

「……相変わらず鋭いな。君は」

 蜂谷先生が口を開いたので、俺達は話を聞くために黙り込む。

「……今日、君達をここに呼んだのは、見せたいものがあって」

 見せたいもの……?

 先生は棚の陰に隠すように置かれていたキャスター付き塑像台を、俺達の前にゆっくりと押してきた。

 台には新聞紙が敷かれ、その上には両掌くらいの大きさの塊が乗っている。
 この形、どこかで見た事がある。まるで鳥が蹲っているみたいな――

 そこまで考えてはっとした。

「まさか、これって小鳥遊先輩の作った……」

 先生は頷く。

「……この間、君達と一緒に型を取っただろう? それを石膏で複製したものに着彩したんだ。油絵具を使ったから、においの原因はそれだろう」

 俺達は近づいて、そのオブジェを眺める。それはまるで年月を経た金属のような色をして、確かな存在感と共にそこにあった。

「きれい……」

 星乃がため息と共に声を漏らす。

 不思議な色のオブジェに、俺達は息をひそめて見入ってしまう。

 どれくらいそうしていただろう。不意に沈黙を破るように蜂谷先生の静かな声がした。

「……君達に謝ろうと思っていた」

 俺達は揃って顔を先生へと向ける。

 各々の顔には困惑が浮かんでいる。もちろん俺も当惑していた。