放課後。俺と星乃は美術準備室に向かっていた。リノリウムの床に、足音がやけに響く気がする。緊張のせいで過敏になっているからかもしれない。これから起こる事に対しての不安感がそうさせているのか。

「ねえ先輩、先生の用事ってなんだと思いますか?」

 沈黙を紛らわすかのように、隣を歩く星乃が話を振ってくる。

「そんなのわかるわけない。そういう予測は俺より君のほうが得意なんじゃないか?」

「うーん……一応考えてみたんですけど……最悪なのは、別れの挨拶とか……」

「どういう意味だ?」

「ほら、先生は絵を描く事も教師も辞めるって言ってたでしょ? あの言葉を今も忠実に守ろうとしているのなら、そろそろその時期なのかもしれないって……」

「不吉な事を言わないでくれ」

 俺は思わず顔をしかめる。

「私だってそうであって欲しくないと思ってますよう。でも、どうしても思考が悪いほうへと向いてしまうんです。自然と足も重くなるってものですよ……」

 星乃は歩みを緩めて、深くため息をつく。

 こいつなりに緊張しているらしい。胸に手をあてるその姿は、動悸を鎮めているようにも見える。

 俺は思わずその手をとる。相変わらず冷たい手だ。

「星乃。どんな結果が待っていようとも、俺が一緒に受け止めてやる。悲しかったら傍にいてやる。だから怖がるな。足を進めろ」

 星乃はぱちぱちと何度か瞬きを繰り返していたが、やがて正気に返ったように

「……はい」

 と呟いて俺の手を握り返してきた。

 そうして歩いているうちに、ついに美術準備室の前についた。

 躊躇う素振りを見せる星乃に代わり、俺は彼女の手を握ったまま、思い切ってドアを開けて室内に足を踏み入れる。

 どうか悪い知らせでないようにと願いながら。