その朝も、いつもと同じように通学路を星乃と二人で歩く。その横を自転車通学の生徒たちが追い抜いてゆく。青や黒、色とりどりの自転車は、ときおり朝日を反射してきらめく。

 と、その時、一台の自転車が猛スピードで通り過ぎたかと思うと、俺達の行く手を塞ぐように横滑りしながら止まった。

 見ればそれは赤坂くれは。髪と同じように目を引く派手な赤い自転車に乗っている。これも蜂谷先生のためなのか? それともただの趣味?

「お前ら、この間はその、ありがとな。あれから蜂谷先生もちょっと元気になったような気がするっていうか……時々あの似顔絵を懐かしそうに眺めてたりしてるよ」

 言いながらふわふわの頭を照れくさそうにかく。

「ほんとですか⁉ よかったあ」

 俺達はあの日以来、授業以外で美術室を訪れたりはしていない。似顔絵を描いて貰う代わりに入部を諦めるというあの約束のためだ。

 だから蜂谷先生の今の様子を、こうして間接的にでも知る事ができるのは嬉しい。それが良い知らせならなおさら。

「あと、菜野花畑星乃」

「はい?」

「ええと、その……」

 赤坂は頭をぐしゃぐしゃと掻きむしりながら目を泳がせる。そのまま何か言いかけたと思ったら口を閉じたり。一体なんだというのか。

 やがて目を逸らしたまま

「……今まで悪かったな。うざいとか言って。今更許してくれって言っても割り切れるようなもんじゃねえだろうけど、どうしても言っておきたくて……」

 顔を赤らめながら確かに謝罪の言葉を口にした。あの横柄で口の悪いヤンキー天使くれはちゃんがこんな表情を見せるとは。信じられない。

 あっけにとられる俺に対し、星乃は笑顔で応じる。

「いえ、私は先輩とお話できて嬉しかったですよ。なにしろ私の相手をしてくれる人なんて、校内では貴重な存在でしたから」

 あー、こいつぼっちだったもんな。あんな態度の赤坂と接する事さえ嬉しかったのか。

「まったく、お前は馬鹿みたいに能天気ちゃんだな」

 言ったそばから口の悪さが復活する。自分でもそれに気づいたのか、赤坂は慌てたように話題を変える。

「あ、それでさ、何か知らないけど、先生があたしらに用があるんだってよ。だから急なんだけど、今日の放課後に美術準備室まで来てくれねえか?」

「私達が行っても良いんですか? 一体どういったご用件で?」

 星乃の問いに赤坂は首を傾げる。

「それがあたしも教えて貰えなくてさ。さっぱり見当もつかねえ」

 俺と星乃は顔を見合わせる。

 美術部員ではない俺達が呼ばれるという事は、もしかすると先日の件に関する事かもしれない。

 星乃も同じ考えに至ったのか。無言で頷く。

 俺は赤坂に向き直り、はっきりと告げる。

「わかった。俺も星乃も必ず行く」