塑像台に掛けられていた布をすべて取り去ると、粘土の塊が現れる。それは羽を休めて蹲る鳥のような形をしていた。

 蜂谷先生が頻繁に霧を吹き、上に掛ける布も湿らせていたんだろう。粘土の表面は乾燥する事もなく、適度に柔らかい状態に保たれていた。

 それを半分に分けるように、先生は手際よく粘土に切金《きりがね》を刺してゆく。それが終わると、水に溶いた石膏を粘土の表面に筆で薄く塗る。

 俺も何かしたかったが、もしも変に手を出して切金が曲がったり、石膏に気泡が入ってしまったら……と考えると、何も出来ずにただ見守るしかなかった。

 その後で、もったりした石膏を厚く盛っていく事になるが、それなら手伝えるはずだ。

 全員で分担して石膏を盛り終わると、固まるまで暫く待つ。

「……小鳥遊は、よく自宅近くの湖に行くと言っていた。そこに来る鳥が好きだとも。この粘土像も、それを模したものかもしれないな」

 それを聞いて思い切ったように星乃が口を開く。

「あの、小鳥遊先輩って、どんな人だったんですか?」

 そんな質問をしたら、かえって辛い事を思い出させてしまうのでは……と背中に冷たい汗が流れたが、意外にも先生は気にする様子もなく、少し遠い目をする。

「……そうだな……弟のようだった、というのはこの間話したと思うが、そう感じさせるような安心感があったし、一緒に過ごしていても気を張らずにすんだ。それに、菜野花畑、どことなく君に似ていたような気がする」

「私に?」

 目を瞠る星乃に、先生は頷く。

「物怖じしない性格、というのかな。俺はこの通り愛想がないし、他人からはあまりいい印象を持たれない事が多い。肖像画を描くのをやめてからはなおさら。けれど、断られても懲りずに毎日のようにここに訪れては入部を希望してきたのは小鳥遊と君くらいだ。もしも小鳥遊の病気が治っていれば、君達の良い先輩になっていたかもしれない」

 懐かしそうなその口調。けれど、その中にも微かな哀憐が入り混じっているようだった。

 蜂谷先生のために自分の肖像画を塗り潰したという小鳥遊先輩。本当の彼はどんな顔だったんだろう。機会があれば実際に逢ってみたかった。

 やがて石膏が固まり、粘土から外す時が訪れた。