数瞬の間。まるで誰もがその意味を咄嗟には理解できないというように。

「おい、何馬鹿な事言ってんだよお前は! たった今聞いただろ? 先生がどんな気持ちでそれをここに残してるのかを!」

 赤坂の怒号と、冷たく細められる蜂谷先生の瞳。星乃は慌てたように胸の前で両手を振る。

「あ、あの、壊すと言っても、正確には型を取った後に、という事なんですが……」

 しどろもどろになりながら説明する。

「ええと……『ここに来なくなったら像を壊して欲しい』だなんて、まるで完成できない事が前程であるような言い方じゃありませんか? あらかじめここに来られなくなる事が予想できているのなら、なんとかして作品を完成させようとするはず。それが難しそうだと感じたら、諦めて自分で壊すと思うんです。特に学校という公共の場に、作りかけの物を残したままにしていくとは考えづらいし……」

「……だが――」

 蜂谷先生が口を開く。

「彼が突然ここに来られなくなった可能性だってあるだろう? 像を完成させる気はあったが、それが叶わなかった時のための保険として『壊して欲しい』と言ったのでは?」

「私も最初はそう思ったんですけど……でも、蜂谷先生と先輩達の関係性を考えればそう簡単にこの像を壊せるとは思えません。現に先生や赤坂先輩だって今も壊せないでいるわけですし。それに小鳥遊先輩は『何度も』言ったんですよね? 『壊して欲しい』って。もしかすると、小鳥遊先輩の真の目的は、この像を本当に『壊してもらう』事だったんじゃないでしょうか? 未完成なのもそのため。完成したらいつまでもそのままにはしておくわけにはいきませんから。先輩は先生に『壊してもらう』ために、この像をずっと中途半端な状態のまま、ここに残しておく必要があったんです」

「……一体、なんのために?」

「それは、実際に壊してみないとわかりませんが……でも、ただ壊すというのも心苦しいので、せめて石膏か何かで型を取ってから、と思って……」

 言いながら星乃の声は自信なさげに小さくなる。

「……あの、でも、あくまで私がそう思っただけなので、間違っている可能性だってあるし……やっぱり、今の話は聞かなかった事にしてください。すみません……」

 消え入りそうな声になりながら俯く星乃。その姿を見て、俺は反射的に声を上げた。

「蜂谷先生、俺からもお願いします! 星乃の言う通りに、その像を壊してみて貰えませんか……⁉」

「蓮上先輩……⁉」

 俺は星乃の隣に立つと、先生の顔を見上げて必死に訴える。

「先生だってこれまでで思い知ったでしょう? 星乃が先生の秘密や、この粘土像が小鳥遊先輩の作ったものだって真相に気づいた事に。だったら、星乃の言う通り、この粘土像には何か隠されているのかもしれません。だから、だから――お願いします!」

 蜂谷先生はつかの間俺達をみつめていたが、やがて塑像台に目を移す。誰もがその動向を見守っている。
 長くも思える時間を経て、先生は口を開いた。

「……わかった。やってみよう」

「い、いいんですか?」

 思わぬ答えに星乃が声を上げる。俺も赤坂も驚いて息を呑む。
 その視線を受けても動じる事なく先生は頷く。

「……ああ。君達がそこまで言うのなら、試す価値はあると思う」