星乃の言葉を聞いた蜂谷先生がわずかに目を瞠る。

「……なぜ、そう思ったんだ?」

「ええと……この粘土像、以前に見た時と同じ場所にひび割れがあります。それってたぶん、最初に粘土を芯棒(しんぼう)に荒付けする段階で、付け方が甘かったために自重で割れてしまったんじゃないかと思ったんですが……蜂谷先生みたいな経験者だったら、そんな初歩的なミスをするとは考えづらいし、赤坂先輩が作ったものだとしても、この程度のひび割れならすぐに修正できるはず。なのに、それをせずにそのままになっています。だから――」

 言いながら唇を舐める。

「これを作ったのは、それまで粘土をあまり扱った事のない初心者で、現在はひび割れを修正する事のできない何らかの事情がある。そして、この美術準備室や美術室に何度も出入りできて、更には作品の制作まで自由にできるほどの人物……そう考えると美術部員だった小鳥遊先輩かなと……」

 確か蜂谷先生は、先輩の事を「初心者も同然」だと言っていた。それなら小鳥遊先輩が粘土の扱いにも慣れていなくて、ひび割れができてしまってもおかしくはない。星乃はあの粘土像を見ただけで、そこまで推測していたのか。
 星乃の言葉が途切れ、あたりは静寂に包まれる。いつのまにか赤坂の手は俺の襟元から離れていた。

 暫くの間を置いて蜂谷先生が溜息をついた。

「……君にはそんな事もわかってしまうんだな」

 そう言って塑像台に近づくと、そっと手を置く。

「……確かにこれは小鳥遊が作ったもの。だが、未完成だ。これを作っている最中、彼は何度も、自分がここに来なくなったらこの像を壊して欲しい、なんて言っていた。今思えば、自分の命が長くないとわかっていたんだろう。けれど、俺は何かの拍子に彼がまたここに現れて、この粘土像の続きを作るんじゃないか、なんて馬鹿な事を考えて、この場所に残したままにしてしまっている」

 そうだったのか……そんな理由があったなんて……だから他人に触れられるのを嫌がったんだ。

 もしかすると、この像は先生の元に残った小鳥遊先輩との数少ない繋がりなのかもしれない。だから「壊して欲しい」と言われてもそれを実行できずにいるんじゃないか。

 その時、星乃が自身の左目の下に指で触れた。今までも見た事がある。彼女が考え事をする時に見せる仕種。
 何かこの粘土像について気になる事でもあるんだろうか?
 そんな事を思った直後、星乃の唇は声を発していた。

「蜂谷先生」

 呼びかけると先生の瞳が星乃を向く。

「……この粘土像、壊してみませんか?」