気になっている事……?
 顔を上げて星乃を見ると、彼女はそれに応じるように喋りだす。

「ほら、美術準備室で顔の無い肖像画を見ましたよね。あの時、肖像画だけじゃなくて、近くに粘土像の乗った塑像台があったでしょ?」

「それって、あの作りかけだったみたいな……」

 確か、うずくまる鳥のような形の、ひびの入った粘土像。

「はい。もしかすると、蜂谷先生は粘土で何か作るつもりだったのかもしれません。肖像画を描く事は諦めていても、制作に対する意欲は衰えていなかった。だから粘土を使って作品を制作している最中だった……だとしたら、まだ可能性はあると思いませんか? 放課後に美術準備室に行きましょう。そして塑像台がまだあるのか確かめるんです。もしも先生が、もう何もかもをどうでもいいなんて思っているとしたら、あの塑像台は撤去されている可能性が高いはず。けれど、逆にまだあの場所に残っていたとしたら?」

「……先生はまだ芸術に未練があるって事か?」

「あくまでそういう可能性の一つですけど」

「なんでもいい。少しでもその可能性があるのなら確かめるべきだ」

「それに、あの粘土像はもしかすると――」

「くおらーーーー! 蓮上才蔵ーーーー!」

 その時、唐突に女子の声が響き渡った。同時に、俺は後頭部に激しい衝撃を受け、階段から転げ落ちる。

「うわっ⁉」

 顔面をしたたかに踊り場に打ち付け、俺はその痛みにのたうちまわる。

「せ、先輩、大丈夫ですか⁉」

 すぐ近くで星乃の声がするものの、痛みで上手く認識できない。

 一体何なんだ⁉ 

 頭を押さえて転がっているうちに、なんとか痛みが和らいだので、おそるおそる体を起こす。周囲を見渡せば、心配そうな星乃の顔。床には弁当の中身が無残にもぶちまけられている。髪や服がべたべたする、触ると白米が手に付いた。

 呆然としていると、

 ダンッ!

 という床を踏むと共に、俺の目の前に細い足が立ちふさがった。

 顔を上げるとそこには赤坂くれは。俺達をきっと睨みつけている。どうやら俺の後頭部に一撃食らわせたのはこいつらしい。

「赤坂、お前、どういうつもり――」

「蓮上才蔵! 菜野花畑星乃! お前ら、なんて事してくれたんだよ!」

 俺の抗議の声を遮って、赤坂は更に俺達を睨みつける。
 が、次の瞬間、その勝気そうな瞳が崩れ、まるで泣きそうな顔で、苦しそうに声を絞り出す。

「先生が……蜂谷先生が……退職届を出すって……」