そんな俺の気も知らず、雪夜は明るい声を上げる。
「ねえねえ、僕さあ、今すっごくお腹すいてるんだよね。どこかで何か食べて行こうよ。せっかくこうして下校時に一緒になったんだし」
いつもの星乃だったら、迷いなくパンケーキを食べに行こうなどと提案していた事だろう。だけど、さすがに今日ばかりはそんな気分になれないみたいだ。
「すみません。今日はちょっとおなかの調子が悪くて……」
「俺も用事があるから、このまままっすぐ家に帰らなけりゃならない」
俺達が断ると、雪夜は「ええー、冷たいなあ」と一瞬不満そうに頬を膨らませたが
「わかった。それじゃあ一人寂しく商店街のお肉屋さんで、メンチカツでも買って食べながら帰ろーっと。じゃあね。二人ともばいばーい」
告げると同時に手を振りながら走り去って行ってしまった。
その後姿を見送ってから、星乃が俺の顔を見上げる。
「蓮上先輩、さっきは上手く誤魔化してくれてありがとうございました。望月先輩も納得してくれたみたいでしたね」
「俺だって蜂谷先生のあの秘密を他の人に知られたくない。もちろん雪夜の事だって信頼してるが、それでもどこから真相が漏れるかわからないしな。それが先生の画家生命を絶つような事態になるのだけは避けたいと思ったんだ。あの人の才能をこのまま埋もれさせたくない。なにしろ、想像だけであんなに見事な似顔絵が描けるんだ。他の作品だってきっと素晴らしいに違いないはずだ」
これは俺の本心だ。だから雪夜にあんな嘘をついたのだ。
「あとは、先生が立ち直ってくれたらいいんだが……」
俺は蜂谷先生の事を想う。誰にも言えない秘密を抱え、不安の中で生きている先生。心細くて仕方のない事だってあったかもしれない。
ちらりと星乃に目を向けると、その頬には再び光るものが。街灯に照らされてきらりと輝く。
「お、おい、なんでまた泣くんだよ……!」
焦って声をかけると、星乃は慌てたようにごしごしと自分の目元を袖で擦る。
「だ、だって――だって、蜂谷先生、弟みたいに大切に思ってた人を失って……その上生きがいだった絵も諦めようとしてるなんて……」
「だからって君が泣く事ないだろ」
「――だって、私が余計な事をしたから」
どうやらこいつは自分が蜂谷先生を追い込んでしまったと思いこんで、自身を責めているようだ。
ある意味ではその通りなのだが、それを認めてしまえば、こいつは本当にこれからずっと自責の念に駆られ続けるかもしれない。
なんとかこの状況を打破したくてポケットを探る。指には制服とは違う感触の何かが触れた。
「あんまり擦るとひどい顔になるぞ。これ、使えよ」
ポケットから引っ張り出したのは、比較的きれいに畳まれたハンカチ。
「……ありがとうございます」
星乃は素直に受け取り目元に当てる。
俺は何もできない。下手な慰めの言葉も言えず、ただ黙ってそばにいる事しかできなかった。
なんて役立たずなんだ俺は。
思わず星乃の片手を取る。相変わらず冷たい手だ。幸いにも星乃も突然の俺の行動に逆らう事は無く、代わりにぎゅっと握り返してきた。
星が瞬きはじめた空の下、俺達は黙ったまま手を繋いで歩き続けた。
「ねえねえ、僕さあ、今すっごくお腹すいてるんだよね。どこかで何か食べて行こうよ。せっかくこうして下校時に一緒になったんだし」
いつもの星乃だったら、迷いなくパンケーキを食べに行こうなどと提案していた事だろう。だけど、さすがに今日ばかりはそんな気分になれないみたいだ。
「すみません。今日はちょっとおなかの調子が悪くて……」
「俺も用事があるから、このまままっすぐ家に帰らなけりゃならない」
俺達が断ると、雪夜は「ええー、冷たいなあ」と一瞬不満そうに頬を膨らませたが
「わかった。それじゃあ一人寂しく商店街のお肉屋さんで、メンチカツでも買って食べながら帰ろーっと。じゃあね。二人ともばいばーい」
告げると同時に手を振りながら走り去って行ってしまった。
その後姿を見送ってから、星乃が俺の顔を見上げる。
「蓮上先輩、さっきは上手く誤魔化してくれてありがとうございました。望月先輩も納得してくれたみたいでしたね」
「俺だって蜂谷先生のあの秘密を他の人に知られたくない。もちろん雪夜の事だって信頼してるが、それでもどこから真相が漏れるかわからないしな。それが先生の画家生命を絶つような事態になるのだけは避けたいと思ったんだ。あの人の才能をこのまま埋もれさせたくない。なにしろ、想像だけであんなに見事な似顔絵が描けるんだ。他の作品だってきっと素晴らしいに違いないはずだ」
これは俺の本心だ。だから雪夜にあんな嘘をついたのだ。
「あとは、先生が立ち直ってくれたらいいんだが……」
俺は蜂谷先生の事を想う。誰にも言えない秘密を抱え、不安の中で生きている先生。心細くて仕方のない事だってあったかもしれない。
ちらりと星乃に目を向けると、その頬には再び光るものが。街灯に照らされてきらりと輝く。
「お、おい、なんでまた泣くんだよ……!」
焦って声をかけると、星乃は慌てたようにごしごしと自分の目元を袖で擦る。
「だ、だって――だって、蜂谷先生、弟みたいに大切に思ってた人を失って……その上生きがいだった絵も諦めようとしてるなんて……」
「だからって君が泣く事ないだろ」
「――だって、私が余計な事をしたから」
どうやらこいつは自分が蜂谷先生を追い込んでしまったと思いこんで、自身を責めているようだ。
ある意味ではその通りなのだが、それを認めてしまえば、こいつは本当にこれからずっと自責の念に駆られ続けるかもしれない。
なんとかこの状況を打破したくてポケットを探る。指には制服とは違う感触の何かが触れた。
「あんまり擦るとひどい顔になるぞ。これ、使えよ」
ポケットから引っ張り出したのは、比較的きれいに畳まれたハンカチ。
「……ありがとうございます」
星乃は素直に受け取り目元に当てる。
俺は何もできない。下手な慰めの言葉も言えず、ただ黙ってそばにいる事しかできなかった。
なんて役立たずなんだ俺は。
思わず星乃の片手を取る。相変わらず冷たい手だ。幸いにも星乃も突然の俺の行動に逆らう事は無く、代わりにぎゅっと握り返してきた。
星が瞬きはじめた空の下、俺達は黙ったまま手を繋いで歩き続けた。