「たすけて……」
そんな声が聞こえたのは、放課後の美術室に足を踏み入れた時だった。
謎の声の出所を探して顔を巡らせると、ふと、美術室の隅の床の上で何かが蠢くのが目に入った。軍神マルスの半身を象った真っ白い石膏像。
その下で手足をばたつかせているセーラー姿の少女。
「だ、大丈夫か! しっかりしろ!」
慌てて駆け寄り石膏像を抱え上げると、近くの床に倒れないよう置き直す。
「うう……重かった……」
下敷きになっていた少女は、服についた埃を払いながら立ち上がると、俺に向き直りぺこりと頭を下げる。
襟元をアピールするような赤いスカーフの色からして、俺より一学年下の一年生らしい。
「あの、助けていただいてありがとうございます! あなた様がいらっしゃらなければ、危うくあのまま圧死していたところでした! マルス様に押し倒されるだなんて魅力的なシチュエーションですけど、さすがの私も石膏像を異性として愛する心は持ち合わせていないので、もうどうしようかと……」
「なんで石膏像の下敷きなんかになってたんだ?」
「ええと、それは……その、デッサンするために移動させようとして……それで、なんとか持ち上げる事はできたんですけど、予想外に重くて、そのまま下敷きに。ちょっと自分の筋力を過信しすぎてしまいました。えへえへ」
女子生徒は顔をほんのりと赤く染めると照れたように頭をかく。その仕草はほっそりとした彼女の体躯と相まって、どこか小動物のような印象を受ける。
この体格で、よくもあの重い石膏像をひとりで運ぼうなどと思ったものだ。随分と無茶をする。
驚き呆れる俺の目の前で、少女の黒目がちの大きな瞳からこぼれる視線は、時折こちらにちらちらと向けられる。長い睫毛の下で俺を警戒しているようだ。
その表情が少女の整った顔を少し曇らせているが、それでも文句なしに美少女と言って差し支えない。あ、よく見れば左目の下にほくろがある。
背中まで伸びたミルクティーのような色の髪の毛は緩やかに波打ち、彼女の一見ほわりとした雰囲気に拍車をかけていた。
なんだかリスみたいな子だな。
なんとなくそんな事を思っていると、少女が声を上げた。
「あ! も、もしかして美術に興味がおありですか? 入部希望者だったり? わー、嬉しい! この美術部には部員が一人しかいないから寂しくて。もう寂し死にするかと思ってたところなんですよ。さあさあ、こちらへどうぞ。一緒にマルス様の魅惑的な肉体をデッサンしようじゃありませんか。遠慮しないで。道具がなければお貸ししますから」
「あ、いや、残念ながら入部する気はないんだ」
「な、なんと! 入部希望者ではない? それでは私の早とちりだったという事ですか? うわあ恥ずかしい……恥ずか死にしそう……」
少女は言葉通り恥ずかしそうに顔を両手で覆って身をくねらせ始めた。
いちいち妙なリアクションをするやつだな……。
次の瞬間、少女は何かに気付いたように勢いよく顔を上げる。
「はっ! そうだ! そのお顔! どこかで見た事あると思ったら! あなたは風紀委員長様ではないですか! 先日の風紀向上週間でも、校門脇に立つりりしいお姿を拝見いたしました!」
俺の事を知っているのか。風紀委員長といっても何も特別なわけではないのだが、何故か少女は慌て出した。
「ま、まさか、美術部がどこぞで何か不祥事を起こしてしまったとかでしょうか? あ、あの、この美術部にはただでさえ部員が一人しかいないんです! 廃部寸前なんです! だ、だから、どうか見逃してください……!」
少女は俺との距離を急激に詰めると、縋り付くように懇願してくる。
そんな声が聞こえたのは、放課後の美術室に足を踏み入れた時だった。
謎の声の出所を探して顔を巡らせると、ふと、美術室の隅の床の上で何かが蠢くのが目に入った。軍神マルスの半身を象った真っ白い石膏像。
その下で手足をばたつかせているセーラー姿の少女。
「だ、大丈夫か! しっかりしろ!」
慌てて駆け寄り石膏像を抱え上げると、近くの床に倒れないよう置き直す。
「うう……重かった……」
下敷きになっていた少女は、服についた埃を払いながら立ち上がると、俺に向き直りぺこりと頭を下げる。
襟元をアピールするような赤いスカーフの色からして、俺より一学年下の一年生らしい。
「あの、助けていただいてありがとうございます! あなた様がいらっしゃらなければ、危うくあのまま圧死していたところでした! マルス様に押し倒されるだなんて魅力的なシチュエーションですけど、さすがの私も石膏像を異性として愛する心は持ち合わせていないので、もうどうしようかと……」
「なんで石膏像の下敷きなんかになってたんだ?」
「ええと、それは……その、デッサンするために移動させようとして……それで、なんとか持ち上げる事はできたんですけど、予想外に重くて、そのまま下敷きに。ちょっと自分の筋力を過信しすぎてしまいました。えへえへ」
女子生徒は顔をほんのりと赤く染めると照れたように頭をかく。その仕草はほっそりとした彼女の体躯と相まって、どこか小動物のような印象を受ける。
この体格で、よくもあの重い石膏像をひとりで運ぼうなどと思ったものだ。随分と無茶をする。
驚き呆れる俺の目の前で、少女の黒目がちの大きな瞳からこぼれる視線は、時折こちらにちらちらと向けられる。長い睫毛の下で俺を警戒しているようだ。
その表情が少女の整った顔を少し曇らせているが、それでも文句なしに美少女と言って差し支えない。あ、よく見れば左目の下にほくろがある。
背中まで伸びたミルクティーのような色の髪の毛は緩やかに波打ち、彼女の一見ほわりとした雰囲気に拍車をかけていた。
なんだかリスみたいな子だな。
なんとなくそんな事を思っていると、少女が声を上げた。
「あ! も、もしかして美術に興味がおありですか? 入部希望者だったり? わー、嬉しい! この美術部には部員が一人しかいないから寂しくて。もう寂し死にするかと思ってたところなんですよ。さあさあ、こちらへどうぞ。一緒にマルス様の魅惑的な肉体をデッサンしようじゃありませんか。遠慮しないで。道具がなければお貸ししますから」
「あ、いや、残念ながら入部する気はないんだ」
「な、なんと! 入部希望者ではない? それでは私の早とちりだったという事ですか? うわあ恥ずかしい……恥ずか死にしそう……」
少女は言葉通り恥ずかしそうに顔を両手で覆って身をくねらせ始めた。
いちいち妙なリアクションをするやつだな……。
次の瞬間、少女は何かに気付いたように勢いよく顔を上げる。
「はっ! そうだ! そのお顔! どこかで見た事あると思ったら! あなたは風紀委員長様ではないですか! 先日の風紀向上週間でも、校門脇に立つりりしいお姿を拝見いたしました!」
俺の事を知っているのか。風紀委員長といっても何も特別なわけではないのだが、何故か少女は慌て出した。
「ま、まさか、美術部がどこぞで何か不祥事を起こしてしまったとかでしょうか? あ、あの、この美術部にはただでさえ部員が一人しかいないんです! 廃部寸前なんです! だ、だから、どうか見逃してください……!」
少女は俺との距離を急激に詰めると、縋り付くように懇願してくる。