ほんなら立て、とするりと脇に滑り込んで来た腕に持ち上げられて、左右に首を振る。

 まるでおもちゃ屋で、もしくはスーパーで駄々をこねる子どもだ。そんなつもりはなかったのだけれど、下校時刻をとうに過ぎた校舎に人気は疎らで、時折委員会だか部活だかで特別許可を得ている誰かが数人すり抜けた頃、ふう、とため息をつかれた。


 かと思ったら凄まじい力でグイッと持ち上げられて立たされる。


「んだよクソがー。ほっとけよー」

「クソがじゃねーよお前口悪すぎ。暦に謝りに行くのも俺一人で行ったんだぞ意味わかんねーわ」

「いや嫁の責任とんのは旦那の役目っしょ」

「いらないですお前みたいな嫁」


 何をう、と白目を剥いて胸ぐらを掴んでやったら、飴色に魅入られた。

 茅野の瞳の中には秋がある。それは、沖縄のサトウキビ畑やススキの茂みとはまた違った、稲穂の色だ。斜陽だ、落日だと、その眼に映る視界を追いかけようとして、


 それが自分自身だと知って怖気る。


「しっかり立て、つか煙草くせーよお前」

「やだここにいる。もうここに住む」

「ふざけんなお前は俺とこれから帰んだよ」

「いつからそんな俺様至上主義になったんだ茅野。モテねーぞ」

「うるっせぇ俺はモテモテだ」

「だったらこんなボロいのに構ってねーで他当たれ」

「時間がないんだよ!」