大陸の北、というのであればこの世界で最大の領土を誇るルーシア共和国のことだろう。あそこは一年の半分が冬みたいな場所だ。

「でもあそこは人間の棲家だろ? だからなんかその、居心地が悪くなっちまったっていうかさ」

「でもねええ、同種喰いっていうのは成れの果てになる前からするものでええ、あんまりあとから違う出来事に同化させることってないのねええ」

「だからこっちに移動してきたんだべ。それが三、四? 百年くらい前? の話だべ。たぶん」

 なるほど、三百年前といえばまだルーシアが巨大な連邦であったり大陸全土で大きな戦争があったはずだ。精霊は騒がしい場所を忌避する傾向があるらしいというがそれも間違いではないのだろう。

 雪原や森、大瀑布付近や地下や海底といった人間の手の及ばない場所を好むらしいから、普通に暮らす分には問題なかった当時のルーシアで戦争なんて起きたらうるさくてたまらなかったに違いない。

 精霊には争いの概念がないそうだ。加害や侵犯という行為自体はわかるがそれの持つ意味は理解できないし同調しない。手を貸すことも止めることもしない。ただそこに居て、それを眺め、彼らが生きていくうえで都合が悪ければ彼らのほうが棲家を変えている。人間たちを追い出したりはしないで。

 精霊たちの棲家や移動に人類種の歴史が関わっているのは間違いないし、それは昔からずっとそうなのだろう。ただ発達すればするだけ、街が明るくなり、音が大きくなれば、精霊の姿が見えなくなっていくだけで彼らの本質は変わっていないのかもしれない。

「ここは元々、魔法族と竜族の枢要を切り取ったみたいなところだからあらゆるエネルギーが凝縮されてんだよな。だから俺らは結構居心地がいいんだぜっ!」

 監獄ではあるがそれはあくまでシンから見た話だから精霊にとっては利点もある、ということか。シンが言っていた真……真なんとか結界とやらもそういうエネルギーのため込みに一役買っているのかもしれないと考える。

 勉強も嫌いではない。時間がたくさんあるのだから四人の話を書き留めて研究するのも悪くないかもしれないと思う。

 出られない、とは思いたくないがだとしてもしばらく先の話だしもう門の外に自分の帰りを待つ家族はいない。街の知り合いは心配しているかもしれないが自分が冒険者なのは周知の事実だから、それはそれだと割り切ってくれるだろう。