「こうなることを見越していたのか?」

「むしろわかんなかったの? 本当に冒険者?」

 昨日の夜まではなんの問題もなかったはずだ。交代で仮眠をとって、朝方くらいに寝るように促された。そして寝て起きたらこのありさまだ。まるで、眠ったかのように二人は穏やかな顔をして岩壁にもたれかかって居た。その顔が、雪よりも白いだけで。

「この山はそーゆー場所なんだよ。精霊の墓場。呼吸してるだけで死ぬ。この山の空気がそもそも毒なんだよ。だから言ったろ? 君だけは生き残ってそうだよねって」

 耐性の有無、という意味の話だったといまさら聞かされる。そんなの、わかっていたらなにがなんでも二人を預けただろう。いや、それ以前にまず北に踏み込もうとしなかったかもしれない。そんな危ないことをなぜロンディウムの人間は知らないんだと思ったが理由は簡単。北に踏み込み、戻ってきて、それを記すものが今日まで一人もいなかったから。それだけだ。

 第一に、今の世に魔法なんて存在しない。魔法使いや竜の先祖返りたちだって魔法なんか使えない。かつてそういう力があったことも、その使い方も記録はある。記録はあるが使えるかどうかはまた別だ。なんせ実演できる人物もいないのに独学でどうにか、なんて無理がある。

 精霊の墓場、と青年は言ったが魔法も精霊もそのすべてが今の時代にはおとぎ話だ。空気が毒であるなんて伝承も無い。知りようがないことなんていくらでもあると、理屈ではわかっていたはずなのに。

「んじゃまあ、俺の棲家に行きますか。こんな洞窟よりは快適だと思うよ」

「……二人の遺体は、置いていくしかないのか」

「持ってっても置くとこないしねえ。まあこの山にあるうちは痛まないよ、気温がずっと氷点下だから」

 たしかに、どうにもできないのであれば出る方法がわかるまではここにあったほうがいいのかもしれない。連れ歩くわけにもいかないし、うろこを持たせておけば居場所なんてすぐわかるはずだ。自分よりは地理に詳しいだろうと青年に尋ねれば「出ていく方法が見つかればね」と思いのほかすんなり了承してもらえた。

 それはつまり、出られないだろうけど、ということなのだろう。

「さーてと、行こうか、きみは雪の中普通に歩いてたら死んじゃうから洞窟の中の通路で行こう」

「通路があるのか」

「この山全体にアリの巣みたいになってるよ。まあ俺も全部は把握してないけどね」

 滞在していた洞窟の外にでると、雪は降っていたが風は無い。まだマシな天気でよかったと胸を撫でおろす。もう一度だけ洞窟の中を振り返って、深い雪へ足を踏み出した。