六.欠片を集めたもの

血溜まりの彼女が道路に倒れていたのを発見したのは通行人だそうだ。
交通事故だった。
運転手は飲酒していたそうだ。
友人宅でタコパか何かをした後に
ドライブと称して運転していたそうだ。
平日の昼間から何をしているんだ。
第三者視点から見ていたらこう言っていただろう。
だがそんなのは二週間もすれば忘れる。
発言したことを。
もしかしたら事故のことさえも。
だが今回は違う。
妻が事故にあったのだ。
救急車が駆けつけた際にはまだ生死の境をさまよっていたそうだが病院に着き懸命な手術も虚しく彼女は天へと旅立った。
彼女が亡くなった時はこれから僕はどうすればいいのだろうと思った。
実際一ヶ月経った今でもどうすればいいかなど僕には分からない。
ただそれっぽいことをやっているという実感しかない。
子供たちのお腹がすくからご飯を作る。
送り迎えをしてあげる。
洗濯をする。
そんな風な工夫もない日常を過ごしていた。
仕事現場には自分が言おうとした前に向こうから
三ヶ月の休みをもらった。
その期間家には多くの人が訪れた。
葬儀の時に訪れた人はもちろん
由紀のファンだという人まで花を持って家に足を運んでくれた。
彼女の死は芸能界にも大きな影響を与えた。
彼女と同期で人気女優だった赤坂 結衣野は
葬儀の際泣き崩れ職員が彼女を席にまで運ぶという事態にまでなった。
他にも撮影中だった二本の映画と一本のドラマ
五本のCMには全て代役が必要となったが
今になっても彼女に合う人が現れないという。
それほど由紀は芸能界での地位を確立させていたのかと今頃感心してしまう自分が妙に腹立たしい。
彼女の背中は小さいようで大きかった。
芸能界で若手実力派と言われる傍ら
子育てと家庭を築き上げる。
僕は尊敬していた。
何年も前の彼女が子供を助けたあの日から僕は
彼女の背中を追っている。
友人となりカップルとなり夫婦となったこの前まで僕は追いかけていた。
だが彼女はもうこの世にはいない。
話しかけることも言葉をかけられることもない。
ただただ残るのは後悔と喪失感だけだった。
事故後僕の友人からも多くの励ましのメールや電話が届いた。
忙しくて電話にとる余裕もないから空き時間がある時すぐにかけ直すということをしていた。
高校の友人、幼なじみ、芸能界の中で仲良かった友人などだ。
彼らはまずは落ち着け、何かあれば手伝ってあげるから連絡をしろ と口を揃えって言ってくれた。
友人のいることの大切さにやっと気づけた。
こういう時に助けてくれる人こそが友人なのだ。
そのお陰で暗くなっていた僕の心はここ最近
何とか持ち堪えている。
そして何より驚いたのは秀一の会社だった。
編集長も葬儀に出向いてくださり何と子供の食料を数ヶ月分家に配送してくれたのだ。
「私たちも彼女のことを応援していました。
今こうなった以上私たちができることはこのぐらいしかないのですが受け取ってください」
本当にありがとうございます と頭の上がらない気持ちでいっぱいだった。
改めて自分は周りに恵まれているなとここで実感することができた。
外に出る。
玄関を開けると広がっていたのは出産と同時に
購入したマイホームの庭。
草木が綺麗に育っている。
彼女は時々これらの草木の手入れもしていた。
芸能活動をし、家庭を守り、一体どこにそんな時間があるのかと驚いたが彼女は笑顔で作業をしていた。
「いやぁー虫!!」
小さな虫一匹で怖がっている彼女を
リビングから見ているのあの時も幸せな日々だった。
家の敷地外に出るのは何日ぶりだろう。
葬儀の後の手続きなどをやった以来だろう。
意味もなく歩いて着いた場所はある建物だった。
スマイルランド。
来年の春に閉園する遊園地だ。
ここは僕が彼女にプロポーズした場所でもある。
入場料は閉園発表後、半額の五百円になった。
ポケットにあった千円札を従業員に渡し
お釣りとともにチケットを受け取る。
どのアトラクションで遊ぶなど特にはなかった。
ただ足がここへと進んだ。
本能のような形でここまで来た。
自動販売機で缶コーヒーを買う。
缶コーヒーの種類は数ヶ月に一度変わる。
今は青い色の缶コーヒーだ。
缶コーヒー片手に遊園地をうろうろしている。
子供たちを連れてくればよかったな。
そう思ったが部屋で寝ていたのを思い出し
やっぱり呼ばなくてよかったなと思う。
さすがに起こしてまで行こうとすると彼らは
泣き叫び駄々をこねるだろう。
アトラクションの音も小さく聞こえるほど遊園地の端の方まで歩いてきた。
観覧車は大きく見えるがそれ以外のアトラクションは小さく見える。
ここら辺はベンチ以外何も無いよな。
とりあえず腰を下ろそうとした時左側に
一瞬赤い建造物が見えた。
よく見るとそれは鳥居だった。
遊園地に鳥居?
何かのアトラクションなのだろうか。
彼女とここまで来た時は確か無かったはず。
だが汚れている。
この汚れからだと最近できたはずではない。
意味もわからなかったためとりあえず潜ることにした。
そこに近づくと三本あることに気づいた。
三本の鳥居を潜る。
何も変わらなかった、と言いたかった。
遊園地の敷地外で草むらだったはずの場所に
いつの間にか館が建っている。
「は?」
心の底から出た声だった。
意味がわからない。
館は茶色く大きなものだった。
鳥居を潜ったからこうなったのか?
ではもう一度潜れば何かわかるのかもしれない。
後ろを見ると鳥居はなくなっていた。
これは……この中に入るしか道はないようだ。
館の大きな扉を開ける。
よくドラマやゲームに出てくるような館だ。
よくできているな。
アトラクションだと信じる自分が今もいる。
二階建てのため上に上がれば何か手がかりが掴めるのかもしれない。
直感的にそう感じ階段を探した。
案外すぐに見つかった。
そこには賽銭箱が置かれていた。
その部屋にほかにあるものといえば、何も無い。
あまりにも周りが静かなため少し不気味さを感じる。
何せさっきまで騒がしい遊園地にいたのだから。
賽銭箱か。
ため息をつく。
こんなので祈ったって何も起きやしないよ。
今でも色々なことを祈ってきたが一つでも願いが叶ったという過去を僕は知らない。
だがポケットの中にはさっき缶コーヒーを買った時に出てきたお釣りが入っている。
もうやるしかないじゃないか。
渋々賽銭箱に十円玉一枚を投げ入れ一応祈る。
『由紀が、生き返りますように』
非現実的なことを祈り僕は頭を下げる。
その間シーンとしている周りから足音が聞こえるといった展開もなかった。
これでもかというほど頭を下げた。
数十秒後何も無かったかのように顔を上げた。
だが僕の目の前には少女が立っていた。
「うわぁ!!」
館内に響く僕の驚きの声。
少女は驚きの声なんか聞き飽きているかのような素振りをしていた。
「おい、お前が真鍋由紀の夫だな」
案外生意気な少女だ。
着ている服は私服なのだが大体中学生あたりの子だろう。
そして顔には狐のお面を被っていた。
色は……赤。
なぜこんなところにいるのか。
それは根本にわからないことだった。
少し返事に遅れたが僕はしっかりと本当のことを話す。
「あぁ僕は真鍋由紀の夫だよ。
ところで君は何者だ?」
少女はふむふむと頷いた。
そして元々近かった僕と少女の距離をもっと狭めて少女は言った。
「私はミクだ。真鍋由紀はこの前死んだな。
あそこまで有名で可愛かった彼女にとっては
呆気ない最後でさすがに可哀想だったよ」
ミク。
自分が知っている中では聞いたことない名前だ。
だが由紀の知り合いなのかもしれない。
だがこの少女、さっきから上から目線すぎる。
さすがに僕が大人だということは普通に見ればわかるはずだ。
なのに何故、まぁ最近の子供は色々と変なこともある。
まだ敬語という概念がないだけだ、と自分に言い聞かせた。
「俺だって彼女が死んだのは今でも受け止めきれてない。
ところでここは一体どこなんだ?」
「よし。私が交換条件を出そう」
話が通じない。
こっちの話をガン無視してるではないか。
「だからここはどこなんだ?」
「私は不思議な力を持っている」
「なんでお前はここにいるんだ?」
「ちゃんと言うことを聞くと由紀を生き返らせてやろう」
「だからここは……、今なんて言った?」
「ちゃんと話を聞け。次から私は一回しか言わないぞ。だから由紀を生き返らせると言ってるのだ」
もしこれを言われた場所が家だったりしたら
笑っていただろう。
由紀は死んだんだ。
生き返ることなんてありえない。
だがこんな館で言われることによって謎の
説得力がある。
そして彼女はお面を外した。
少女は上を見上げることで僕と目を合わせていた。
彼女の瞳は美しかった。
例えるなら、ビー玉とでも言おう。
少しの空白がこの会話に生まれた。
それを断ち切るように少女がまた口を開く。
「返事がないってことは生き返らせなくていいんだな。なら私はもう行くよ」
「いや、待ってくれ。生き返らせてくれ。
俺はもう一回由紀に会いたい。
もう一回話したい。
もう一回抱きしめてあげたい」
「よし、その気持ちがあるならしてあげよう。
だが条件がある。
それは生き返ったということは自分の心の中に閉まっておけ。
もし彼女は一回死んだが生き返ったということを周りが知ってしまうと彼女の存在を否定し始める。そしたら厄介なんだ。
だから彼女はそんな事故なんか遭わずずっと生き続けていると思って生活しろ」
わかったと返事をした。
少女の髪の毛は逆立ち目の色を変え……というのを想像していたが現実はちっぽけなものだった。
手をパーにして握手するように手を前に出す。
そしたらその手に出てきたのは瓶だった。
思わず口に出す。
「瓶?」
少女は少し苦笑いをした。
まぁまぁだったが可愛かった。
決して恋をしているわけではない。
「あ、失敗しちゃった」
さっきまでの威嚇のような強気の姿勢とは打って変わって少女らしさというものを見せた。
「失敗って何をだよ」
生き返らせることを失敗したのか?
「真鍋由紀そのものの姿を出すことに失敗した。
だから、」
と言ってさっきの瓶を渡してきた。
中にはビー玉が入っている。
「中に入ってるビー玉が彼女の魂、で瓶はそれを守る物って感じかな」
さすがに笑ってしまう。
ビー玉が由紀だと?
あんなに可愛かった、愛おしかった少女
真鍋由紀がビー玉?
少女の方を見る。
少女の顔にはさっきの苦笑いはなく真剣な顔をしている。
もういいや。
こんなおままごとには付き合ってられない。
「おい、ミク。どうやったらここから帰れるんだ」
「それなら目を瞑って」
言われるがままに目を瞑ると急に周りの温度が変わった。
目を開けるとそこは館ではなく遊園地でもなく
家の前にいた。
手にはさっきの瓶を持っている。
玄関を開ける。
サイズの小さい靴は脱ぐときにも一苦労だ。
瓶を床に置き靴を脱ぐ。
そしたら子供たちが玄関まで走ってきた。
「ただいま」
いつ頃起きたのだろう。
時間はとっくに晩御飯を食べる時間だ。
急いで作らなければ、
「おかえり!パパ、ママ」
子供たちが言った言葉を僕は二度聞き直した。
だが確かに子供たちにはママがいるように
みえるそうだ。