二.重なり合う記憶
会社というのは地元のスーパーの企画開発部。
僕はスイーツ課だった。
なので家の冷蔵庫には常に試作品のスイーツが山ほど。
毎日毎日食べても減らなかった。
その日も僕はスイーツを食べている。
外を見てみると小雨が降っていた。
洗濯物が…
ベランダに出てすぐに洗濯物を中に入れる。
衣類からは洗剤のいい匂いがしていた。
花の匂いだ。
花。
はちみつ。
そうだ。
ケーキのスポンジ部分ではなくホイップクリームの中にはちみつを入れたらどうか。
洗濯物をソファーに置くと机の上にあるノートを取る。
[試作品案・感想ノート]
このノートには試作品を食べた感想だけでなく試作品の案を書いている。
すぐにページをめくり空白のスペースを探す。
めくっていると今まで食べてきた試作品のケーキ名が目に入る。
ショートケーキ、カステラ味。
ショートケーキ マンゴー味。
バナナキウイケーキ。
味は全ていまいちだった。
新たな空白を探しそこに今思いついたケーキの詳細を書く。
ショートケーキ クリームは はちみつ入り。
よし。これは美味しそうだ。
頭の中ではもうケーキが作り上がり
入刀までしている。
断面からはフルーツが沢山見えており
想像するだけでヨダレが出る。
だが僕は首を横に振り 違う違うと言う。
僕はあくまで企画開発の書類を作り
試作品を食べるだけの人。
ケーキ作りはできないのだ。
それはたまたま配属された部署が企画開発だけの部だったのだがこれからも異動という異動は
そうないだろう。
子供の頃の夢はパティシエだった。
ケーキを作りみんなを喜ばせれたらそれを超える幸せはないだろうと考えていた。
だが現実はそう甘くなかった。
実際修行には行った。
だが気持ちが続かなかったのだ。
朝は早く夜は最後の片付けを一人で行う。
それがなんと二年間も続いた。
体調は優れず学生時代はガタイがいいと言われた
体もその当時はやせ細ったガリガリの体になっていた。
さすがにもう心も体も傷だらけになり気づけば
その職場を離れていた。歳は二十五歳。
無職になったのだ。
そして求人サイトを見ていたらたまたまスイーツの企画開発の求人があったためすぐに応募した。
面接では自分のスイーツ愛を語り見事採用。
今では職場に慣れてきている。
最初にも書いた通り本当に慣れてきている。
だが夜寝る時にふと思う。
「俺 パティシエになるんじゃなかったのか。
俺が目指してたのは企画を作るのではなく
その企画を通したケーキを作る人なのではないか」
だがその気持ちはすぐに闇夜へと消えていく。
その気持ちは闇夜へと独り歩きしていくのだ。
そしてその代わりに闇夜から返事が返ってくる。
「お前に残された道は企画開発なのだ。
もうあの頃の地獄の日々には戻りたくないだろう?それなら企画開発を死ぬまで貫き通すんだ」
その意見に自分は肯定してしまう。
「あぁ。そうだな」と。
カタン。
持っていたペンが床に落ちた音で意識が
現実に戻る。
気づけば涙が出ていた。
地獄の日々を思い出しこれだけでも泣いてしまうのか。
もうパティシエはごめんだ。
そう自分の気持ちに刻み込み机の上のケーキを
食べ始める。
トマトとクリームを混ぜたもの。
まぁまぁ美味しいじゃないか。
電話が鳴ったのはそれから何分後のことだろうか。
いや何時間後だろうか。
確認するために外を見る。
まず暗かった部屋は太陽の光に照らされ明るくなっていた。
そして雨が降り止んでいた。
一夜越したのだろう。
机の上のケーキをみる。
完食している。
記憶が曖昧な中食べたのだろう。
そうだ。
ノートになんて書いたか見て思い出そう。
確認してみてるとべた褒めしていた。
(酒の力って怖いな)
口には出さず心の中に封じ込めておく。
ピロピロピロ。
電話の音が鳴っている。
そうだった。
電話の音で目覚めたのだ。
急いで電話を取る。
電話番号は……。
頭の細胞全てが立ち上がり喜びに変わる。
だがその喜びの気持ちを抑えそっと通話ボタンを押してもしもーしという。
「もしもーし。あっ合ってたー。良かったー」
さすがにどのドッキリ番組でも人気女優から目覚めの電話なんて項目はないだろう。
「あ、あの、どうしました?」
「今日服を返そうと思って…。
仕事もあるのでその現場に取りに来てもらうことは可能ですか」
なんだよ。自分が借りたのなら持ってくるぐらいして欲しいものだ。
持ってきてくださいよ。そう電話に向かって口を開こうとした時ふとカレンダーが目に入った。
今日は…休みだ。
「はい。いつでも行けます」
負けてしまった。彼女の誘惑に負けてしまった。
「お、そうなんですね!それなら14時に〇〇スタジオに来てくださると嬉しいです。失礼します。」
そのまま一方的に切られてしまった。
自分の愚かさに少し悔しくなる。
時計はまだ10時だ。
冷蔵庫の中から冷凍うどんを取りだし
電子レンジで温める。
実は冷凍うどんは電子レンジで解凍することもできるのだ。
2分後冷凍うどんを取りだしそれを器に移す。
そしてその器にポン酢などをかける。
僕的にはうどんにはポン酢しか合わないと思う。
うどんin theポン酢 の完成。
今日は朝と昼を一緒に頂くとしよう。
麺をすする。
うどんのもちもちとした食感と共にやってくるポン酢の酸味が最高にヤミツキになる。
だから僕はうどんが好きなのだ。
そして極め付きに僕は早食いのため5分も経たないうちに完食してしまった。
まだ準備の時間もあったのだが10時10分だ。
まだまだ全然時間はある。
何をしよう。
リビングの中を三周し答えを捜し求める。
部屋の中だけでは答えを探せなかった。
散歩をしに行くことにした。
アパートを出て曲がり角を曲がった先にある
スーパーに行くことにした。
そこで何かおやつを買って家で映画でも見よう。
スーパーに行く途中にそう考えた。
幸い僕は動画配信サービスに加入しているため
映画やアニメは見放題だった。
これで大抵の暇潰すことができる。
他の人は本を読んだりスポーツをしたりで
暇を潰すという人がいるが
僕は読書は嫌い。
スポーツは苦手というダメダメなパターンだった。
読書はいちいち情景を思い浮かべるのが面倒くさいのだ。
読み手が違うのだから思い浮かべる情景が違う?
そんなのはただの…ただの…。
決定的な理由が思いつかない。
だが僕は本が嫌い。
それは生涯貫くほどの気持ちだったのため
決定的な理由が無くても嫌いなのだ。
スポーツはただ単に運動神経が悪いから苦手だ。
小学生の時はドッジボールがうちの学校では
人気だった。
多分どこの学校でも人気だろう。
あんなの戦争の縮小版なのではないかと
何度思ったことか。
子供の腕から放たれるボールという名の大砲。
それが当たれば外野に行かなければいけない。
一回外野に行ってしまうと並の者では内野に
帰って来れない。
あー。
大人になった今でもあの楽しさが分からない。
時々小学校の横を通った際運動場で小学生が
ドッジボールをしているがその時はその方向を見らずに通り過ぎるようにしている。
結局ここまで言えばもしかしたら自分は
スポーツも嫌いなのでは。
と思ってしまうほど語ってしまった。
スーパーに着くと冷房のおかげか店内はキンキンに冷えていた。
買い物かごを取り店内入口にある野菜コーナーから回っていく。
次に魚コーナー。
そして肉のコーナー。
僕の目に留まるものはなかった。
スイーツコーナーに来た。
僕はスーパーに行くと必ずスイーツ売り場で
偵察をしている。
まずは自社の商品の売れ具合とどんな商品を仕入れているかだ。
このスーパーは自社の商品を思ったより仕入れていた。
前偵察した時より二種類増えており心の中でガッツポーズをした。
そして次は他社の商品の観察だ。
今どんな商品を出しているか。
自社と似た商品ではどちらが売れているかなどだ。
シュークリームは自社の方が売れていたが
三個入りのモンブランは他者のケーキが圧倒的に売れていた。
値段の差は他社の方が百円安い。
そこが決定的な違いなのだろう。
今回はノートを持ってきていないため頭の中でこの結果と考えを整理する。
その時 最近現れなかった自分が脳内で語りかけてきた。
(今日は時間がある。ケーキを作ってみたらどうか?)
確かにだ。
今日は二時に約束があるがそれまでは自由だ。
そして集合のスタジオも比較的近いため
簡単なケーキだったらすぐに作れそうだ。
ネットでショートケーキを作れば何分で出来上がるか調べてみた。
そこにはなんと四十分というのが存在する。
作り方の欄を見てみる……。
作れそうだ。
そのケーキを真鍋さんにプレゼントしよう。
何の記念日でもない。ただお詫びとしてケーキを渡そうと決めすぐに材料を集めに行った。
家に帰ると時計は10時50分。
余裕はある。
すぐに取り掛かろう。
たまたまさっき見たショートケーキの作り方のサイトには作り方の動画がついていた。
それを見て確認する。
一.スポンジ生地を作るためボウルに卵を入れ
ホイッパーで溶きほぐす。
二.上砂糖を加えて混ぜ合わせ、湯煎用のお湯の上に一を乗せ、ハンドミキサーの中速で撹拌する。
三.人肌程度の温度を保ちながら、生地を撹拌する。
四.生地を持ち上げた時に2〜3秒リボン状に跡が残る位までになったら、湯せんから外し、ホイッパーで撹拌し、生地をなめらかにする。
五.薄力粉をふるいながら一気に加え、ゴムベラでさっくりと大きく切るように、粉っぽさが少し残る程度まで混ぜる。
六.大きめの耐熱ボウルに無塩バター、牛乳を入れ、600Wの電子レンジで30秒加熱し、
バターを溶かす。
七. 五に六を加えてゴムベラでさっくり混ぜ合わせる。
八.粉っぽさがなくなったら型に流し込む。
型を軽く落として気泡を抜きます。
九.180℃のオーブンで25〜30分程焼く。
焼きあがったら型から抜き網に乗せ
濡れ布巾をかぶせて冷やす。
十.シロップを作る。
砂糖、水、キルシュを鍋に入れ沸騰させ
アルコールを飛ばす。
粗熱を取り冷蔵庫で冷やす。
十一.デコレーションを作る。
いちごのヘタを切り落とし薄切りにする。
ボウルには生クリーム、砂糖を入れ氷水で冷やしながらホイッパーで7分立てにする。
十二. 九を半分に切り十のシロップを塗る。
そして十一の3分の1の生クリーム、薄切りのいちごを挟む。
十三.残りの生クリーム、いちごでデコレーションし、砂糖をかけて完成。
動画通りに進めてみる。
こんなに一生懸命にケーキを作ったのは
何年ぶりだろうか。
修行時代にはケーキ作りはできなかったから
実質五、六年振りだろう。
これほど月日が経つと体も動きを忘れていた。
頭の中では出来上がっているケーキも手元を見ると想像のものと大きく異なる。
ケーキを作れない自分。
これは一体退化したといえるのか。
簡単に表すとこれは退化だろう。
ケーキを作れた自分がケーキを作れない自分になっている。
だが本当に退化なのだろうか。
失うものもあったが得るものもあった。
ケーキが作れなくなる代わりに
ケーキの案を出す力を持つことはできた。
地獄のような修行の日々から解放された。
そこだけを捉えると成長したといえる。
さて自分は大学を卒業してからの六年で
成長したのか、退化したのか。
甘いケーキを作る本人が厳しいことを言っても
ケーキは美味しくならないな。
気持ちを切り替えなければ。
あーだこーだしてるうちにケーキに生クリームを塗り終えた。
思った以上に生クリームは余った。
スプーンを持ってきてスプーンをはみ出すような生クリームをすくい口へと運ぶ。
ふわふわした甘いものを食べている感じだった。
子供ところはよくこんなことしてたなと思い
懐かしい気持ちになる。
ケーキを作り終えるとサランラップをつけて
冷蔵庫に保管した。
時計は11時50分。
40分で出来上がるものを60分で作り終え
喜びと悔しさが対立している。
扇風機の音が絶え間なく聞こえるこの部屋で
ケーキを作ったんだ。
今の会社に入社するのと同じタイミングに今のアパートを契約した。
それからケーキを作っていなかった。
それだからこの部屋で作るケーキは初だった。
彼女にあげるのを少し楽しみにしながら待つ。
冷蔵庫に寄りかかり口笛を吹きながら待つ。
その待つ姿はまるで幼少期の自分を見ているようで少し照れがあった。
会社というのは地元のスーパーの企画開発部。
僕はスイーツ課だった。
なので家の冷蔵庫には常に試作品のスイーツが山ほど。
毎日毎日食べても減らなかった。
その日も僕はスイーツを食べている。
外を見てみると小雨が降っていた。
洗濯物が…
ベランダに出てすぐに洗濯物を中に入れる。
衣類からは洗剤のいい匂いがしていた。
花の匂いだ。
花。
はちみつ。
そうだ。
ケーキのスポンジ部分ではなくホイップクリームの中にはちみつを入れたらどうか。
洗濯物をソファーに置くと机の上にあるノートを取る。
[試作品案・感想ノート]
このノートには試作品を食べた感想だけでなく試作品の案を書いている。
すぐにページをめくり空白のスペースを探す。
めくっていると今まで食べてきた試作品のケーキ名が目に入る。
ショートケーキ、カステラ味。
ショートケーキ マンゴー味。
バナナキウイケーキ。
味は全ていまいちだった。
新たな空白を探しそこに今思いついたケーキの詳細を書く。
ショートケーキ クリームは はちみつ入り。
よし。これは美味しそうだ。
頭の中ではもうケーキが作り上がり
入刀までしている。
断面からはフルーツが沢山見えており
想像するだけでヨダレが出る。
だが僕は首を横に振り 違う違うと言う。
僕はあくまで企画開発の書類を作り
試作品を食べるだけの人。
ケーキ作りはできないのだ。
それはたまたま配属された部署が企画開発だけの部だったのだがこれからも異動という異動は
そうないだろう。
子供の頃の夢はパティシエだった。
ケーキを作りみんなを喜ばせれたらそれを超える幸せはないだろうと考えていた。
だが現実はそう甘くなかった。
実際修行には行った。
だが気持ちが続かなかったのだ。
朝は早く夜は最後の片付けを一人で行う。
それがなんと二年間も続いた。
体調は優れず学生時代はガタイがいいと言われた
体もその当時はやせ細ったガリガリの体になっていた。
さすがにもう心も体も傷だらけになり気づけば
その職場を離れていた。歳は二十五歳。
無職になったのだ。
そして求人サイトを見ていたらたまたまスイーツの企画開発の求人があったためすぐに応募した。
面接では自分のスイーツ愛を語り見事採用。
今では職場に慣れてきている。
最初にも書いた通り本当に慣れてきている。
だが夜寝る時にふと思う。
「俺 パティシエになるんじゃなかったのか。
俺が目指してたのは企画を作るのではなく
その企画を通したケーキを作る人なのではないか」
だがその気持ちはすぐに闇夜へと消えていく。
その気持ちは闇夜へと独り歩きしていくのだ。
そしてその代わりに闇夜から返事が返ってくる。
「お前に残された道は企画開発なのだ。
もうあの頃の地獄の日々には戻りたくないだろう?それなら企画開発を死ぬまで貫き通すんだ」
その意見に自分は肯定してしまう。
「あぁ。そうだな」と。
カタン。
持っていたペンが床に落ちた音で意識が
現実に戻る。
気づけば涙が出ていた。
地獄の日々を思い出しこれだけでも泣いてしまうのか。
もうパティシエはごめんだ。
そう自分の気持ちに刻み込み机の上のケーキを
食べ始める。
トマトとクリームを混ぜたもの。
まぁまぁ美味しいじゃないか。
電話が鳴ったのはそれから何分後のことだろうか。
いや何時間後だろうか。
確認するために外を見る。
まず暗かった部屋は太陽の光に照らされ明るくなっていた。
そして雨が降り止んでいた。
一夜越したのだろう。
机の上のケーキをみる。
完食している。
記憶が曖昧な中食べたのだろう。
そうだ。
ノートになんて書いたか見て思い出そう。
確認してみてるとべた褒めしていた。
(酒の力って怖いな)
口には出さず心の中に封じ込めておく。
ピロピロピロ。
電話の音が鳴っている。
そうだった。
電話の音で目覚めたのだ。
急いで電話を取る。
電話番号は……。
頭の細胞全てが立ち上がり喜びに変わる。
だがその喜びの気持ちを抑えそっと通話ボタンを押してもしもーしという。
「もしもーし。あっ合ってたー。良かったー」
さすがにどのドッキリ番組でも人気女優から目覚めの電話なんて項目はないだろう。
「あ、あの、どうしました?」
「今日服を返そうと思って…。
仕事もあるのでその現場に取りに来てもらうことは可能ですか」
なんだよ。自分が借りたのなら持ってくるぐらいして欲しいものだ。
持ってきてくださいよ。そう電話に向かって口を開こうとした時ふとカレンダーが目に入った。
今日は…休みだ。
「はい。いつでも行けます」
負けてしまった。彼女の誘惑に負けてしまった。
「お、そうなんですね!それなら14時に〇〇スタジオに来てくださると嬉しいです。失礼します。」
そのまま一方的に切られてしまった。
自分の愚かさに少し悔しくなる。
時計はまだ10時だ。
冷蔵庫の中から冷凍うどんを取りだし
電子レンジで温める。
実は冷凍うどんは電子レンジで解凍することもできるのだ。
2分後冷凍うどんを取りだしそれを器に移す。
そしてその器にポン酢などをかける。
僕的にはうどんにはポン酢しか合わないと思う。
うどんin theポン酢 の完成。
今日は朝と昼を一緒に頂くとしよう。
麺をすする。
うどんのもちもちとした食感と共にやってくるポン酢の酸味が最高にヤミツキになる。
だから僕はうどんが好きなのだ。
そして極め付きに僕は早食いのため5分も経たないうちに完食してしまった。
まだ準備の時間もあったのだが10時10分だ。
まだまだ全然時間はある。
何をしよう。
リビングの中を三周し答えを捜し求める。
部屋の中だけでは答えを探せなかった。
散歩をしに行くことにした。
アパートを出て曲がり角を曲がった先にある
スーパーに行くことにした。
そこで何かおやつを買って家で映画でも見よう。
スーパーに行く途中にそう考えた。
幸い僕は動画配信サービスに加入しているため
映画やアニメは見放題だった。
これで大抵の暇潰すことができる。
他の人は本を読んだりスポーツをしたりで
暇を潰すという人がいるが
僕は読書は嫌い。
スポーツは苦手というダメダメなパターンだった。
読書はいちいち情景を思い浮かべるのが面倒くさいのだ。
読み手が違うのだから思い浮かべる情景が違う?
そんなのはただの…ただの…。
決定的な理由が思いつかない。
だが僕は本が嫌い。
それは生涯貫くほどの気持ちだったのため
決定的な理由が無くても嫌いなのだ。
スポーツはただ単に運動神経が悪いから苦手だ。
小学生の時はドッジボールがうちの学校では
人気だった。
多分どこの学校でも人気だろう。
あんなの戦争の縮小版なのではないかと
何度思ったことか。
子供の腕から放たれるボールという名の大砲。
それが当たれば外野に行かなければいけない。
一回外野に行ってしまうと並の者では内野に
帰って来れない。
あー。
大人になった今でもあの楽しさが分からない。
時々小学校の横を通った際運動場で小学生が
ドッジボールをしているがその時はその方向を見らずに通り過ぎるようにしている。
結局ここまで言えばもしかしたら自分は
スポーツも嫌いなのでは。
と思ってしまうほど語ってしまった。
スーパーに着くと冷房のおかげか店内はキンキンに冷えていた。
買い物かごを取り店内入口にある野菜コーナーから回っていく。
次に魚コーナー。
そして肉のコーナー。
僕の目に留まるものはなかった。
スイーツコーナーに来た。
僕はスーパーに行くと必ずスイーツ売り場で
偵察をしている。
まずは自社の商品の売れ具合とどんな商品を仕入れているかだ。
このスーパーは自社の商品を思ったより仕入れていた。
前偵察した時より二種類増えており心の中でガッツポーズをした。
そして次は他社の商品の観察だ。
今どんな商品を出しているか。
自社と似た商品ではどちらが売れているかなどだ。
シュークリームは自社の方が売れていたが
三個入りのモンブランは他者のケーキが圧倒的に売れていた。
値段の差は他社の方が百円安い。
そこが決定的な違いなのだろう。
今回はノートを持ってきていないため頭の中でこの結果と考えを整理する。
その時 最近現れなかった自分が脳内で語りかけてきた。
(今日は時間がある。ケーキを作ってみたらどうか?)
確かにだ。
今日は二時に約束があるがそれまでは自由だ。
そして集合のスタジオも比較的近いため
簡単なケーキだったらすぐに作れそうだ。
ネットでショートケーキを作れば何分で出来上がるか調べてみた。
そこにはなんと四十分というのが存在する。
作り方の欄を見てみる……。
作れそうだ。
そのケーキを真鍋さんにプレゼントしよう。
何の記念日でもない。ただお詫びとしてケーキを渡そうと決めすぐに材料を集めに行った。
家に帰ると時計は10時50分。
余裕はある。
すぐに取り掛かろう。
たまたまさっき見たショートケーキの作り方のサイトには作り方の動画がついていた。
それを見て確認する。
一.スポンジ生地を作るためボウルに卵を入れ
ホイッパーで溶きほぐす。
二.上砂糖を加えて混ぜ合わせ、湯煎用のお湯の上に一を乗せ、ハンドミキサーの中速で撹拌する。
三.人肌程度の温度を保ちながら、生地を撹拌する。
四.生地を持ち上げた時に2〜3秒リボン状に跡が残る位までになったら、湯せんから外し、ホイッパーで撹拌し、生地をなめらかにする。
五.薄力粉をふるいながら一気に加え、ゴムベラでさっくりと大きく切るように、粉っぽさが少し残る程度まで混ぜる。
六.大きめの耐熱ボウルに無塩バター、牛乳を入れ、600Wの電子レンジで30秒加熱し、
バターを溶かす。
七. 五に六を加えてゴムベラでさっくり混ぜ合わせる。
八.粉っぽさがなくなったら型に流し込む。
型を軽く落として気泡を抜きます。
九.180℃のオーブンで25〜30分程焼く。
焼きあがったら型から抜き網に乗せ
濡れ布巾をかぶせて冷やす。
十.シロップを作る。
砂糖、水、キルシュを鍋に入れ沸騰させ
アルコールを飛ばす。
粗熱を取り冷蔵庫で冷やす。
十一.デコレーションを作る。
いちごのヘタを切り落とし薄切りにする。
ボウルには生クリーム、砂糖を入れ氷水で冷やしながらホイッパーで7分立てにする。
十二. 九を半分に切り十のシロップを塗る。
そして十一の3分の1の生クリーム、薄切りのいちごを挟む。
十三.残りの生クリーム、いちごでデコレーションし、砂糖をかけて完成。
動画通りに進めてみる。
こんなに一生懸命にケーキを作ったのは
何年ぶりだろうか。
修行時代にはケーキ作りはできなかったから
実質五、六年振りだろう。
これほど月日が経つと体も動きを忘れていた。
頭の中では出来上がっているケーキも手元を見ると想像のものと大きく異なる。
ケーキを作れない自分。
これは一体退化したといえるのか。
簡単に表すとこれは退化だろう。
ケーキを作れた自分がケーキを作れない自分になっている。
だが本当に退化なのだろうか。
失うものもあったが得るものもあった。
ケーキが作れなくなる代わりに
ケーキの案を出す力を持つことはできた。
地獄のような修行の日々から解放された。
そこだけを捉えると成長したといえる。
さて自分は大学を卒業してからの六年で
成長したのか、退化したのか。
甘いケーキを作る本人が厳しいことを言っても
ケーキは美味しくならないな。
気持ちを切り替えなければ。
あーだこーだしてるうちにケーキに生クリームを塗り終えた。
思った以上に生クリームは余った。
スプーンを持ってきてスプーンをはみ出すような生クリームをすくい口へと運ぶ。
ふわふわした甘いものを食べている感じだった。
子供ところはよくこんなことしてたなと思い
懐かしい気持ちになる。
ケーキを作り終えるとサランラップをつけて
冷蔵庫に保管した。
時計は11時50分。
40分で出来上がるものを60分で作り終え
喜びと悔しさが対立している。
扇風機の音が絶え間なく聞こえるこの部屋で
ケーキを作ったんだ。
今の会社に入社するのと同じタイミングに今のアパートを契約した。
それからケーキを作っていなかった。
それだからこの部屋で作るケーキは初だった。
彼女にあげるのを少し楽しみにしながら待つ。
冷蔵庫に寄りかかり口笛を吹きながら待つ。
その待つ姿はまるで幼少期の自分を見ているようで少し照れがあった。