五月の末、私はまたユウに会いに行った。
雨の放課後、いつもの雨の日と同じように児童公園の東屋へ向かい、ユウもいつもの雨の日と同じように私をベンチに促した。
『前に会ったときと変わっていることがあれば、教えてほしい』
そう言われたときには胸が痛んだ。元々、私はユウがきちんと記憶を取り戻すための協力を申し出た。だというのに、近頃ではユウがそれを望むたび息苦しくなる。
あの日、まるで影絵のごとく、ユウの頭部には髪と思しき毛先が揺れていた。
またなにか思い出したのだと察した。顔や手足と同じく白い影のまま、ユウの髪は風に毛先を揺らしていた。雨に濡れないユウが、風に吹かれるわけがないのに。
伝えようかためらった。けれど結局は伝えた。髪が見える、色は分からない、でも前までは見えなかった、と。
最後に、この間は酔っ払いのおじさんから助けてくれてありがとう、とお礼を伝えて帰路に就いた。ユウはまた、私を家の前まで送ってくれた。断っても聞かない。ユウは意外と頑固だ。
……元々のユウは、どんな人だったんだろう。そう思うと同時に、ユウが私の知らないなにかに変わっていっているという錯覚に襲われる。怖くなる。本当のユウを知らないのは、他ならぬ私自身なのに。
その日は帰宅してからもぼうっとしてしまい、夕飯になにを食べたかも碌に記憶に残らなかった。
目を閉じるたび、ユウが酔っ払いのおじさんを追い払ってくれたときの情景が浮かぶ。瞼の裏に焼きついてしまったように、私はあのことばかりを思い出している。
震える私の指に重ねられた白い手の甲、長い指、そして送ってもらった後に玄関のドアが閉まるまで振られていた手。人のそれと、色以外はなにも変わらないほど鮮明に見えるようになったユウの手を思い出しては、私はなんとも言えない不安に包まれる。
会えない日が続く中、時間が経過するにつれ、私はあの日のユウについて複数の違和感――否、疑問を抱き始めていた。
酔っ払いのおじさんは、ユウが見えている様子だった。その理由が分からない。雨の日に幽霊が見えるのは私の体質であり、あのおじさんが私と同じ体質だと言われても、にわかには信じがたい。
それに、ユウが木やノートに触れることができた理由も謎のままだ。
あの後、ユウは私の手に触れてくれたけれど、感触はなかった。ユウだって慎重に重ねていた。気を抜いたらあっさりとすり抜けてしまうさまを決して私に見せまいとしている、そんな彼の仕種をはっきりと思い出せる。
とはいえ、ユウは以前、バスに乗って市立病院まで移動している。バスには乗れるし、東屋のベンチにも座れるし、私の家の階段も上れる。木やノートに触れたのも、それらに近い現象なのかもしれない。
次に会ったら、本人に直接訊いてみようか。
もしかしたら、ユウが記憶を取り戻してきていることが影響しているのかもしれない。身体も、顔こそのっぺらぼうのままだけれど、最初の頃より随分はっきり見えるようになったし――そこまで考え至ったとき、じくじくと胸が痛み出した。
ユウは、もうすぐ私の傍からいなくなるのかもしれない。
それこそが、今の私を苛んでやまない原因になっていた。ユウがきちんと記憶を取り戻せるよう協力を申し出た癖に、身勝手に望みをころころと変える私は、本当に嫌な奴だ。
最後には、必ずその自己嫌悪に辿り着いてしまう。
*
次の雨の日は、日曜に訪れた。六月最初の日曜だ。
梅雨にはまだ早いが、天候は晴れたり降ったりとなかなか安定しない。布団を出たとき、窓から覗いていたのはどんよりとした曇り空だったけれど、午前十時を回った頃からぱらぱらと小雨が降り出した。
昨日、花梨から「明日どこかに遊びに行かないか」と誘われたが、用事があるからと断った。
花梨の体調は安定しているらしく、怪我をする前とほとんど変わらないように見える。いくつかの検査は定期的に受けるそうだが、それも、次の予定は一ヶ月後とか三ヶ月後とからしい。その話を聞き、私は心配よりも先に安堵を覚えた。
花梨にユウのことを相談しようか迷い、結局、私は口を噤んだ。花梨はきっと私の話を信じてくれる。でも、応援してくれるかどうかはまた別だ。花梨の性格を考えるなら、実を結ぶことがないだろう私のユウへの思いを――この恋を、諸手を挙げて応援してくれるとは思いがたい。
……ユウに会いに行こうか、本当に行っていいのか、迷う。花梨の誘いを断ったのはユウに会うためなのに、ためらいを拭いきれない。
雨が降っているのにユウに会いに行かなかった日は、これまで一日だってなかった。だというのに気が進まない。会いたい気持ちは確かにあるのに、外に出ようと考えれば考えるほど足が重くなる。
そういえば、ユウは私の家がどこにあるか知ってるんだったな、と思う。
以前この部屋に招いたとき、私はユウを異性として意識していなかった。だから招けた。でも、今はどうだろう。背が伸びた――おそらくは記憶の一部を取り戻したことで元に戻ったのだとは思うが――せいで、余計に意識してしまう。それに、この間は私を助けてもくれた。
顔も分からない相手に恋をしている。それを自覚している状態だ、恥ずかしくて堪らない。普段通りに顔を合わせられる気がしないのに、会いたいと思う。矛盾だらけだ。
はぁ、と溜息が零れた、そのときだった。
窓のカーテンが、不意にふわりと揺れた。
ぎょっとして、私は頭を抱えたその姿勢のまま固まってしまう。この雨だ、窓など朝から一度も開けていない。閉め忘れの可能性もまずない。鳥かなにかがぶつかったのかも……いや、だったらカーテンは揺れないだろう。窓は閉まっているのだから。
よりによって、父も母も家にいないタイミングで……背筋が粟立った。確認しないわけにはいかず、震える腕をカーテンへ伸ばしていく。夜にはこの部屋で眠りに就く以上、無視はできそうになかった。
そして、中央開きのカーテンをめくった、瞬間。
「ひっ……!?」
喉の奥につかえるような悲鳴が口をついた。
思った通り、窓は閉まっていたし、鍵もかかっていた。その外側に白い塊が覗いている。ひぇ、とまたも叫びに似た声が零れた。
――ここ、二階なんだけど。
腰を抜かしかけ、ベッドの上に膝から崩れ落ちた。そんな私に、相手は指をとんとんと窓に当て、なにかを訴えかけている。
よく見ると……いや、よく見なくてもユウだった。
シーツを目深に被ったユウは、顔こそ見えないものの、妙にばつが悪そうだ。一度は沈んだベッドから腰を浮かせ、私は窓の鍵を開け、サッシに指をかけた。
「な、なにしてんの……?」
窓を開けた隙間からおそるおそる囁くと、ユウはいかにもきまり悪そうな素振りでシーツを押さえ直した。
人ならざる者の白い手――頭の中で何度も思い描いた長い指に、自然と目が向く。手首から先の形が不明瞭で、先端が丸い棒に見えていた頃もあったのに、五本の指が遠慮がちにサッシへ伸びるさまが鮮明に見えた。
『……入ってもいいか?』
途方に暮れたようなユウの声は、行くあてのない迷子のそれに似ていた。
サッシに触れて見える彼の指は、よく見ると実際には触れていない。微かに重なっている。触れられないから困惑しているのだろうと察した。
脳内を巡っていたユウへのさまざまな感情は、本人を前に即座に霧散していく。悶々と悩んでいたことが嘘のように、私は、突然のユウの来訪をやすやすと受け入れてしまった。
「ど、どうぞ……あっちょっと待って、掃除全然してない!! 待って!! ちょっと、待ってって言ってるでしょ!!」
『こ、声が大きいぞ。家の人はいないのか』
「い、いない。どっちも出かけてる……けど」
悲鳴じみた声で入室を止めた私を、慌てた様子でたしなめるユウの声は、幾分か……いや、だいぶ不安げだ。ユウの言う通り声が大きすぎた。いくら家の中に私しかいないといっても、ご近所だって隣接している。いけない、と私は深呼吸とともに反省する。
窓から侵入を果たしたユウは、今日も今日とて裸足だ。二階の窓に張りつけるということは、宙に浮けるのか。歩いて移動するところばかり見てきたから、衝撃が抜けない。
濡れた状態で室内に入られては、と一瞬焦ったけれど、ユウは雨に打たれても濡れないのだとすぐに思い出した。初めてそれを知ったときと同じ、同情とも寂しさともつかない気持ちが頭の端を過ぎる。
『なんだ、言うほど散らかってないじゃないか』
「う、うるさい。来るなら来るって事前に教えてよ」
『無茶を言うな……』
呆れた声で喋るユウを横目に、私はせっせと部屋を整理する。
大きな物だけ部屋の隅に寄せてから、ちらりとユウを一瞥すると、ユウは身にまとったシーツの上から腕の辺りを擦りながら憂鬱そうな声をあげた。
『なんていうか、最近、風が寒い気がして』
「え……幽霊なのに?」
『ああ。いろいろ思い出してきたからかな、気持ちの問題かもしれない』
選ぶように慎重に言葉を繋げた彼は、前回招いたときと同じ位置へ勝手に座った。
断りもせずに図々しいなと思いつつも、いつまでも立ったまま部屋全体を見渡されていても居心地が悪い。まぁいいかと無理やり自分を納得させることにして、……だが。
『気持ちの問題かもしれない』
そういうもの、なんだろうか。部屋の隅に押しやろうと手に取った数冊の雑誌を持ったきり、私は立ち尽くす。
言葉が出てこない。困惑を浮かべて立っていると、唐突に、ユウが手元の雑誌目がけて手を伸ばしてきた。
『なんだそれ。雑誌?』
「あ、ちょっとっ」
反射的に身を引いてから、ユウは私に、そしておそらくは手元の雑誌にも触れられないのだと思い出す。でも、酔っ払いのおじさんから助けてくれたとき、彼は私のノートに触れている。今のユウなら、もしかしたら触れられるのかもしれない。
分からない。だいたい、別に見られて困るものではない。
とはいっても、今この状況でユウにこれがなんの雑誌か知られるのは抵抗があった。なぜなら、それらの雑誌は。
『……結婚式?』
怪訝そうに首を傾げる――そんな仕種まで判別がつくほどになってしまった――ユウの声に、顔にカッと熱が上った。
雨の放課後、いつもの雨の日と同じように児童公園の東屋へ向かい、ユウもいつもの雨の日と同じように私をベンチに促した。
『前に会ったときと変わっていることがあれば、教えてほしい』
そう言われたときには胸が痛んだ。元々、私はユウがきちんと記憶を取り戻すための協力を申し出た。だというのに、近頃ではユウがそれを望むたび息苦しくなる。
あの日、まるで影絵のごとく、ユウの頭部には髪と思しき毛先が揺れていた。
またなにか思い出したのだと察した。顔や手足と同じく白い影のまま、ユウの髪は風に毛先を揺らしていた。雨に濡れないユウが、風に吹かれるわけがないのに。
伝えようかためらった。けれど結局は伝えた。髪が見える、色は分からない、でも前までは見えなかった、と。
最後に、この間は酔っ払いのおじさんから助けてくれてありがとう、とお礼を伝えて帰路に就いた。ユウはまた、私を家の前まで送ってくれた。断っても聞かない。ユウは意外と頑固だ。
……元々のユウは、どんな人だったんだろう。そう思うと同時に、ユウが私の知らないなにかに変わっていっているという錯覚に襲われる。怖くなる。本当のユウを知らないのは、他ならぬ私自身なのに。
その日は帰宅してからもぼうっとしてしまい、夕飯になにを食べたかも碌に記憶に残らなかった。
目を閉じるたび、ユウが酔っ払いのおじさんを追い払ってくれたときの情景が浮かぶ。瞼の裏に焼きついてしまったように、私はあのことばかりを思い出している。
震える私の指に重ねられた白い手の甲、長い指、そして送ってもらった後に玄関のドアが閉まるまで振られていた手。人のそれと、色以外はなにも変わらないほど鮮明に見えるようになったユウの手を思い出しては、私はなんとも言えない不安に包まれる。
会えない日が続く中、時間が経過するにつれ、私はあの日のユウについて複数の違和感――否、疑問を抱き始めていた。
酔っ払いのおじさんは、ユウが見えている様子だった。その理由が分からない。雨の日に幽霊が見えるのは私の体質であり、あのおじさんが私と同じ体質だと言われても、にわかには信じがたい。
それに、ユウが木やノートに触れることができた理由も謎のままだ。
あの後、ユウは私の手に触れてくれたけれど、感触はなかった。ユウだって慎重に重ねていた。気を抜いたらあっさりとすり抜けてしまうさまを決して私に見せまいとしている、そんな彼の仕種をはっきりと思い出せる。
とはいえ、ユウは以前、バスに乗って市立病院まで移動している。バスには乗れるし、東屋のベンチにも座れるし、私の家の階段も上れる。木やノートに触れたのも、それらに近い現象なのかもしれない。
次に会ったら、本人に直接訊いてみようか。
もしかしたら、ユウが記憶を取り戻してきていることが影響しているのかもしれない。身体も、顔こそのっぺらぼうのままだけれど、最初の頃より随分はっきり見えるようになったし――そこまで考え至ったとき、じくじくと胸が痛み出した。
ユウは、もうすぐ私の傍からいなくなるのかもしれない。
それこそが、今の私を苛んでやまない原因になっていた。ユウがきちんと記憶を取り戻せるよう協力を申し出た癖に、身勝手に望みをころころと変える私は、本当に嫌な奴だ。
最後には、必ずその自己嫌悪に辿り着いてしまう。
*
次の雨の日は、日曜に訪れた。六月最初の日曜だ。
梅雨にはまだ早いが、天候は晴れたり降ったりとなかなか安定しない。布団を出たとき、窓から覗いていたのはどんよりとした曇り空だったけれど、午前十時を回った頃からぱらぱらと小雨が降り出した。
昨日、花梨から「明日どこかに遊びに行かないか」と誘われたが、用事があるからと断った。
花梨の体調は安定しているらしく、怪我をする前とほとんど変わらないように見える。いくつかの検査は定期的に受けるそうだが、それも、次の予定は一ヶ月後とか三ヶ月後とからしい。その話を聞き、私は心配よりも先に安堵を覚えた。
花梨にユウのことを相談しようか迷い、結局、私は口を噤んだ。花梨はきっと私の話を信じてくれる。でも、応援してくれるかどうかはまた別だ。花梨の性格を考えるなら、実を結ぶことがないだろう私のユウへの思いを――この恋を、諸手を挙げて応援してくれるとは思いがたい。
……ユウに会いに行こうか、本当に行っていいのか、迷う。花梨の誘いを断ったのはユウに会うためなのに、ためらいを拭いきれない。
雨が降っているのにユウに会いに行かなかった日は、これまで一日だってなかった。だというのに気が進まない。会いたい気持ちは確かにあるのに、外に出ようと考えれば考えるほど足が重くなる。
そういえば、ユウは私の家がどこにあるか知ってるんだったな、と思う。
以前この部屋に招いたとき、私はユウを異性として意識していなかった。だから招けた。でも、今はどうだろう。背が伸びた――おそらくは記憶の一部を取り戻したことで元に戻ったのだとは思うが――せいで、余計に意識してしまう。それに、この間は私を助けてもくれた。
顔も分からない相手に恋をしている。それを自覚している状態だ、恥ずかしくて堪らない。普段通りに顔を合わせられる気がしないのに、会いたいと思う。矛盾だらけだ。
はぁ、と溜息が零れた、そのときだった。
窓のカーテンが、不意にふわりと揺れた。
ぎょっとして、私は頭を抱えたその姿勢のまま固まってしまう。この雨だ、窓など朝から一度も開けていない。閉め忘れの可能性もまずない。鳥かなにかがぶつかったのかも……いや、だったらカーテンは揺れないだろう。窓は閉まっているのだから。
よりによって、父も母も家にいないタイミングで……背筋が粟立った。確認しないわけにはいかず、震える腕をカーテンへ伸ばしていく。夜にはこの部屋で眠りに就く以上、無視はできそうになかった。
そして、中央開きのカーテンをめくった、瞬間。
「ひっ……!?」
喉の奥につかえるような悲鳴が口をついた。
思った通り、窓は閉まっていたし、鍵もかかっていた。その外側に白い塊が覗いている。ひぇ、とまたも叫びに似た声が零れた。
――ここ、二階なんだけど。
腰を抜かしかけ、ベッドの上に膝から崩れ落ちた。そんな私に、相手は指をとんとんと窓に当て、なにかを訴えかけている。
よく見ると……いや、よく見なくてもユウだった。
シーツを目深に被ったユウは、顔こそ見えないものの、妙にばつが悪そうだ。一度は沈んだベッドから腰を浮かせ、私は窓の鍵を開け、サッシに指をかけた。
「な、なにしてんの……?」
窓を開けた隙間からおそるおそる囁くと、ユウはいかにもきまり悪そうな素振りでシーツを押さえ直した。
人ならざる者の白い手――頭の中で何度も思い描いた長い指に、自然と目が向く。手首から先の形が不明瞭で、先端が丸い棒に見えていた頃もあったのに、五本の指が遠慮がちにサッシへ伸びるさまが鮮明に見えた。
『……入ってもいいか?』
途方に暮れたようなユウの声は、行くあてのない迷子のそれに似ていた。
サッシに触れて見える彼の指は、よく見ると実際には触れていない。微かに重なっている。触れられないから困惑しているのだろうと察した。
脳内を巡っていたユウへのさまざまな感情は、本人を前に即座に霧散していく。悶々と悩んでいたことが嘘のように、私は、突然のユウの来訪をやすやすと受け入れてしまった。
「ど、どうぞ……あっちょっと待って、掃除全然してない!! 待って!! ちょっと、待ってって言ってるでしょ!!」
『こ、声が大きいぞ。家の人はいないのか』
「い、いない。どっちも出かけてる……けど」
悲鳴じみた声で入室を止めた私を、慌てた様子でたしなめるユウの声は、幾分か……いや、だいぶ不安げだ。ユウの言う通り声が大きすぎた。いくら家の中に私しかいないといっても、ご近所だって隣接している。いけない、と私は深呼吸とともに反省する。
窓から侵入を果たしたユウは、今日も今日とて裸足だ。二階の窓に張りつけるということは、宙に浮けるのか。歩いて移動するところばかり見てきたから、衝撃が抜けない。
濡れた状態で室内に入られては、と一瞬焦ったけれど、ユウは雨に打たれても濡れないのだとすぐに思い出した。初めてそれを知ったときと同じ、同情とも寂しさともつかない気持ちが頭の端を過ぎる。
『なんだ、言うほど散らかってないじゃないか』
「う、うるさい。来るなら来るって事前に教えてよ」
『無茶を言うな……』
呆れた声で喋るユウを横目に、私はせっせと部屋を整理する。
大きな物だけ部屋の隅に寄せてから、ちらりとユウを一瞥すると、ユウは身にまとったシーツの上から腕の辺りを擦りながら憂鬱そうな声をあげた。
『なんていうか、最近、風が寒い気がして』
「え……幽霊なのに?」
『ああ。いろいろ思い出してきたからかな、気持ちの問題かもしれない』
選ぶように慎重に言葉を繋げた彼は、前回招いたときと同じ位置へ勝手に座った。
断りもせずに図々しいなと思いつつも、いつまでも立ったまま部屋全体を見渡されていても居心地が悪い。まぁいいかと無理やり自分を納得させることにして、……だが。
『気持ちの問題かもしれない』
そういうもの、なんだろうか。部屋の隅に押しやろうと手に取った数冊の雑誌を持ったきり、私は立ち尽くす。
言葉が出てこない。困惑を浮かべて立っていると、唐突に、ユウが手元の雑誌目がけて手を伸ばしてきた。
『なんだそれ。雑誌?』
「あ、ちょっとっ」
反射的に身を引いてから、ユウは私に、そしておそらくは手元の雑誌にも触れられないのだと思い出す。でも、酔っ払いのおじさんから助けてくれたとき、彼は私のノートに触れている。今のユウなら、もしかしたら触れられるのかもしれない。
分からない。だいたい、別に見られて困るものではない。
とはいっても、今この状況でユウにこれがなんの雑誌か知られるのは抵抗があった。なぜなら、それらの雑誌は。
『……結婚式?』
怪訝そうに首を傾げる――そんな仕種まで判別がつくほどになってしまった――ユウの声に、顔にカッと熱が上った。