中学校に入って陸上部に入部した。
 特に深い理由はなく、この中学では生徒全員が部活に入ることになっていて、運動がそこまで嫌いなわけではなかったので陸上部を選んだのだ。
 部活に入ってしばらく、俺は特に記録の良い部員というわけでもなかった。俺より足の速いやつはたくさんいるし、熱心なやつもたくさんいる。なあなあでやっているといえばそうかもしれないけれど、それでも走るのは嫌いではないし、練習を積んで少しタイムが縮んだときなんかは素直に嬉しかった。
 陸上部で練習をして、その結果として体育の成績が良くなるというのも悪くはない。ただ、部活で疲れて兄ちゃんみたいに塾に行ったりできないから、他の学科の成績はあまり良くなかったけれども。
 そんな毎日を過ごす中で、俺にも友人ができた。同じクラスのやつで、入学したての頃にたまたま後ろの席になったやつだ。
 友人は写真部で、あまり運動は得意ではないと言っている。たしかに、体育の授業の時に短距離走をすると俺よりもタイムは遅いし、球技も跳び箱も、どこかもたついた動きをしていた。けれどもそれは人それぞれ得手不得手はあるし、俺は特に友人の欠点だとは思っていない。
 その友人が、昼休みにいっしょにお弁当を食べているときに俺に言った。
「お前さ、毎日よくあんなに走り込みしてるよな」
「ん? なんで俺の部活の内容知ってるんだ?」
 部活の時間、友人は写真部の部室にいるはずなので、なんで俺が部活でやってることを知っているのか疑問に思っていると、友人はこう答えた。
「部室から校庭が見えるからさ。
俺には運動部みたいに体動かすのは無理だなぁ」
 それを聞いて、思わず笑ってしまう。
「お前だって、練習してればできるようになるさ」
「そうかな?」
「俺だって最初はキツかったし、今でもキツい」
 俺の言葉に、友人は半信半疑といった様子だ。まぁ、運動が苦手ってなると、積極的に体を動かすということ自体が不思議なものなのだろう。
 そうしているうちにお弁当も食べ終わって、昼休みが終わるまでの間、ふたりでおしゃべりをした。

 その日の放課後、部活の時間に友人を含む写真部の部員達が校庭に降りてきた。なんでも、陸上部の部活風景を撮影させて欲しいというのだ。
 なるほど、俺は写真部の活動について詳しく知らないけれど、動かないものの写真を撮るばかりが活動ではないのか。たしかに、スポーツ選手専門のカメラマンとかがいるくらいだし、俺達みたいに活動的な人の写真を撮るということがあってもおかしくはない。
 陸上部の面々はいつも通りに練習をしていていいとのことだったので、俺はいつも通りに筋トレをして、走り込みをする。なぜか女子部員から向けられているカメラの数が多い気はしたけれども、気にしても仕方ないだろう。
 しばらく写真部と一緒に部活をやって、そうしているうちに写真部の方の活動終了時間になった。写真部の部員と顧問は俺達に一礼をして校舎へと戻っていく。その時に、友人が俺に手を振っていた。

 写真部が校舎に戻ってまたしばらく経った頃、陸上部の練習も終わって下校する頃合いになった。夏休み前の時期だからだろう、陽は傾いてきているけれども、だいぶ蒸し暑い。
 学校を出て、近所のスーパーで涼んでいこうとそこへと向かう。あのスーパーには本屋も入っているので、雑誌の立ち読みをしてもいいかもしれない。
 そう思いながら道を歩いていると、横断歩道の前に立っている友人を見つけた。
「おーい」
 声を掛けても聞こえていないようだ。そういえば、登下校中は音楽を聞いてることが多いと聞いたので、イヤホンを付けてるのかもしれない。
 友人との距離が数十メートルとなったところで、信号が青に変わる。考えごとをしてるのか、ぼんやりした様子の友人が横断歩道を渡ろうとする。すると、信号を無視してすごい勢いで車が走ってくるのが見えた。
 俺は咄嗟に駆けだした。全力で走って、横断歩道の真ん中にいた友人を突き飛ばし、一緒に向かい側の歩道へと転がり込む。その直後、あの車がクラクションを鳴らしながら走り去っていった。
「……え? なに? なにがあった?」
 突然のことに、友人は戸惑って腰を抜かしている。
「信号無視した車が突っ込んできて、もう少しで轢かれるところだった」
「まじか……」
「もう少し周り見ような」
 友人は座り込んだまま何度も俺にお礼を言う。そんなに気にしなくてもいいのに。信号無視をするやつが一番悪いのだから。
 でも、すんでの所で友人を助けられてよかった。もし俺が陸上部じゃなくて、毎日のように走り込みをしてなかったら間に合わなかったかもしれない。もし間に合ったとしても、友人と一緒に歩道に転がり込めるほどの勢いをつけられなかったかもしれない。
 俺が陸上部に入った理由はたしかになんとなくだった。でも、そのなんとなくではじめたことで俺は今、大切な友人を助けることができたのだ。
 何も無駄なことはしてなかったのだ。