「静は、どうしたい?」と、おれは改めて問うた。
「でも、おれはやっぱりそういうの考えるべきじゃないよ」と静。「この体はおれのものじゃない。この体の人生はおれの人生を生きるためにあるんじゃない。この体には本当の持ち主がいて、その人が生きるためにあるんだ」
「“その人”が生きるために、静が必要だとしたら? それに、静こそが本当のその体の持ち主なのかもしれない」
静は困ったように笑う。「高野山君は、なんでそんなにおれに拘るの? 綸のこと、忘れたわけじゃないでしょう?」
「もちろんだ。でも、考えるとよくわかんなくなってさ……綸も静も、あるいはもっと他の人も、いなくなっちゃいけない気がするんだ」
「そうかあ?」と、静は軽い調子で笑う。「この夜久家の親に綸と名付けられたのはおれじゃない。おれに名前をくれたのは高野山君だ。その時点で、おれと綸は一緒にいるべきじゃないだろう」
「そう……なのかな……」
本当に、静はここにいてはいけないのだろうか。静もまた、綸の心の一部なんじゃないのか。おれにはそう思えてならない。だから、静がいなくなってしまえば、綸は心の一部を失くすことになる。それで、綸は綸として在れるのだろうか。
――お前はこの世界のことを理解していないからそんなことが言えるんだ、と言われてしまえば、それまでかもしれない。おれは綸の一部でも静の一部でもない。同じように、世界の住人でもない。そのために、本当に理解することなんてできないのだから。
「でも」と、静は穏やかな声を出した。「もしもおれが将来を描いてもいいなら、高野山君と日本一周、してみたい。高野山君が破綻しないように見ていたい。それがだめなら、もうなんだっていい。なにも要らない」
「……そっか。じゃあ、やろうか。キャンピングカーで日本一周」
「え、本気?」
「本気。静と一緒ならきっと楽しいから」
「おれの気が変わるかもしれない」
「それならそれでいい」
彼の言う“気が変わる”というのはきっと、それまで自分がいられないかもしれないということだろう。それなら――。
「おれの中の静と一緒に、行ってくる」
静は美しいものでも見たように、目を大きくした。
「静は、絶対に消えない。いなくなったりしない」
ああ、こういうことじゃなかったのにと思いながらも、これもまた事実だ。おれは静を忘れない。今この瞬間も、綸に恋をしているように。
静の色の薄い虹彩が、疑うように、探るように、揺れる。
「おれは……おれは、なにか残せるのか? 本当に、どこかに、なにか残せるのか……?」
「おれと会ってくれた時点で、おれの中には静との時間が残る。……残らないわけないだろ」消せるわけがないだろう。
「おれは……おれ、……そうか……」
生きてるんだもんな、と、静は音もなく涙を流した。彼は洟を啜ると、深く項垂れて、存在を確認するように自分を体を抱いた。「そうか……そうか」と。
「そうだよ」
静は、生きている。この世に、生きている。
「でも、おれはやっぱりそういうの考えるべきじゃないよ」と静。「この体はおれのものじゃない。この体の人生はおれの人生を生きるためにあるんじゃない。この体には本当の持ち主がいて、その人が生きるためにあるんだ」
「“その人”が生きるために、静が必要だとしたら? それに、静こそが本当のその体の持ち主なのかもしれない」
静は困ったように笑う。「高野山君は、なんでそんなにおれに拘るの? 綸のこと、忘れたわけじゃないでしょう?」
「もちろんだ。でも、考えるとよくわかんなくなってさ……綸も静も、あるいはもっと他の人も、いなくなっちゃいけない気がするんだ」
「そうかあ?」と、静は軽い調子で笑う。「この夜久家の親に綸と名付けられたのはおれじゃない。おれに名前をくれたのは高野山君だ。その時点で、おれと綸は一緒にいるべきじゃないだろう」
「そう……なのかな……」
本当に、静はここにいてはいけないのだろうか。静もまた、綸の心の一部なんじゃないのか。おれにはそう思えてならない。だから、静がいなくなってしまえば、綸は心の一部を失くすことになる。それで、綸は綸として在れるのだろうか。
――お前はこの世界のことを理解していないからそんなことが言えるんだ、と言われてしまえば、それまでかもしれない。おれは綸の一部でも静の一部でもない。同じように、世界の住人でもない。そのために、本当に理解することなんてできないのだから。
「でも」と、静は穏やかな声を出した。「もしもおれが将来を描いてもいいなら、高野山君と日本一周、してみたい。高野山君が破綻しないように見ていたい。それがだめなら、もうなんだっていい。なにも要らない」
「……そっか。じゃあ、やろうか。キャンピングカーで日本一周」
「え、本気?」
「本気。静と一緒ならきっと楽しいから」
「おれの気が変わるかもしれない」
「それならそれでいい」
彼の言う“気が変わる”というのはきっと、それまで自分がいられないかもしれないということだろう。それなら――。
「おれの中の静と一緒に、行ってくる」
静は美しいものでも見たように、目を大きくした。
「静は、絶対に消えない。いなくなったりしない」
ああ、こういうことじゃなかったのにと思いながらも、これもまた事実だ。おれは静を忘れない。今この瞬間も、綸に恋をしているように。
静の色の薄い虹彩が、疑うように、探るように、揺れる。
「おれは……おれは、なにか残せるのか? 本当に、どこかに、なにか残せるのか……?」
「おれと会ってくれた時点で、おれの中には静との時間が残る。……残らないわけないだろ」消せるわけがないだろう。
「おれは……おれ、……そうか……」
生きてるんだもんな、と、静は音もなく涙を流した。彼は洟を啜ると、深く項垂れて、存在を確認するように自分を体を抱いた。「そうか……そうか」と。
「そうだよ」
静は、生きている。この世に、生きている。