「ん、ココは……」
一つ一つ情報を整理していこう。
まず室内であるということは分かる。
加えて薄暗く密閉された空間、淡紅色の明かりは人間の根本的な欲求を掻き立てるには十分なものである。
そして、今俺が横たわっているキングサイズのベッド。
以上のことから導き出される答え、そうそれは!
「どうしてまたラブホにいるんですかねぇ……」
「あっ、お目覚めのようですね」
「……何もしてないよな」
「それはコッチのセリフです」
顔を赤らめながら何を言っているんだ、この女。
え? マジで俺何もしてないよね?
良かった。ちゃんと服着てた。
「お疲れの様でしたので、寛げる場所へお連れしました」
「普通のホテルでいいだろ。出会ったばかりの男女が二日連続で来る場所じゃねぇだろうが……」
確かに気絶していた時間を除けば、一昨日の昼間からほぼ寝てなかったから疲れてはいたな。
……今、何時だ?
俺はスマホの画面を確認した。
時刻は20時を指している。
えーっと、大宝の部屋を出たのは昼過ぎくらいだったから、8時間くらい寝ていたのか?
「あーまぁ、その、ありがとな。こんなところまで運んでくれて。おかげでだいぶ疲れとれたわ」
「礼には及びませんよ。他の世界線との境界があいまいになっている間は、割りとこちらの自由自在なんで」
「何か今不穏なワードが聞こえたんだが……。参考までに聞くが具体的にどんなことが出来るんだ?」
「まぁ一つは移動が楽になることですかね? 我々は世界線への干渉が許されているのでどこでも自由にパラレルシフトを起こせるのですが、近江さんの場合そうはいきません。ですから、先ほど手引きをさせていただきました。そうすることで手引きの対象者の記憶の範囲内で、転移する場所を選ぶことができるんです」
「記憶の範囲内か……。つぅことは今の〝可能性〟から極端に乖離した世界線へは介入できないってことなのか?」
「その通り! 例えば宇宙人に侵略されて地球が滅亡しかけているなど、拍子もない〝可能性〟へは介入できません」
だとすれば、俺は人生のどこかで人を殺す選択肢も選び得たということになるのか。
「それともう一つ。手引きをする際、あなたの記憶を覗かせていただきました」
「はぁ!?」
「当然です。そうでなければ、転移先を選択できませんから」
「……それはイロイロと、全部か?」
「そりゃもう骨の髄までしゃぶりつくすほど。正直、身の危険を感じましたよ。まさかあなたがああいったジャンルをお好みとは」
恐らくその日本語は正しくないが、今突っ込むべきはそこではない。
だから知ってやがったのか、コイツ!
だが、それよりも確認しなければならないことがある。
「……あの記憶もか?」
「はい」
ほんの数秒前とは違い、真剣な眼差しで浄御原は答えた。
恐らくだが、コイツは俺のほぼ〝全て〟を知っている。
それに比べ、俺は彼女の何を知っているのだろう。
大宝の部屋での違和感もそうだが、俺は彼女に対して言い知れぬ何かを感じている。
俺はこのまま彼女を信用してもいいのだろうか。
「まぁいい……、そういえばお前は休まなくて平気なのか? 昨日の夜から働き詰めなんだろ?」
「あら? 心配して下さるのですか? それなら今ココで癒していただくってのもアリですけど」
「そういうのはナシだ。お前と関係を持った瞬間、恐いお兄さんがどこからか出てきそうで不安だ」
「美人局じゃないって言っているでしょ……。冗談はともかく、私は平気ですよ」
「分かった。でも体力的にキツかったらちゃんと言ってくれよ」
「……やっぱり近江さん、優しいですね」
「見知らぬ土地で倒れられたら迷惑だっつってんだよ!」
「ほぼあなたの知っている土地なんですけどね。まぁ、そういうことにしておきます」
「んで、これからどうするんだ? つってもこの時間からじゃ何もできんだろうが」
「そうですね。今日はここまでにしましょう」
「そうだな。向こうでも仕事しているんだろ。お前も帰って休め」
「はい、それでは失礼します」
浄御原が機構へ帰り、一人になる。
そして、また考える時間が生まれる。
機構のこと。
特典のこと。
殺人鬼の〝俺〟のこと。
浄御原のこと。
釈然としないことばかりだ。
浄御原に聞いたとて、それに答えてくれるのだろうか。
それならば俺はどこまで知っていて、どこまで知るべきなのだろう。
……駄目だ、これ以上考えると眠れなくなる。
ただでさえ8時間も昼寝しちまったんだ。
寝つきにくいのは当然だが、少しでも寝ておかないとリズムが崩れる。
次々から次へと浮かぶ疑問を必死に抑えつけ、俺はゆっくりと意識をシャットダウンした。