「ふぅ。今日はこのくらいにしておくか」
新卒で入った会社を辞めて4年。弁護士を目指し、挑戦してきた司法試験も次で4回目になる。4回目ともなると、一人きりでの勉強も慣れたものだ。もちろん、家賃や食費その他諸々の出費もあるのでバイトもしているわけだが、それも含めて生活サイクルはある程度安定してきている。
そうやって計画的にスケジュールを組んできた成果だろうか。
今ではそこそこ勉強に手応えを感じており、過去問を解いてみても合格ラインに二、三歩及ばないレベルにまでは成長している。このペースを維持できれば、例え日本一の難関試験だろうが十分に射程圏内だ。
……そんなわけないだろ!!
もう3回も挑戦して、予備試験すら通過出来ていないんだ。第一、4回目にしてようやく手応えを感じ始めている時点で、そこそこ終わっている。
ただまぁ、それでも一つ言い訳をするなら難易度が難易度だ。3年連続不合格なんてザラと言っちゃザラではある。中には、10年連続受験している猛者だっているくらいだしな。まぁ俺としては、そいつらがどうやってモチベーションを維持しているのか不思議で仕方がないが。たかだか4回目の俺でさえ、不安やプレッシャーで毎晩発狂しそうになるというのに。
……分かっている。こんなのはただの惰性だ。
勉強をある種の免罪符にしているだけで、〝司法試験浪人〟という立場に甘んじているに過ぎない。傍から見りゃ取るに足りないフリーターである。
最近では、集中して勉強できる時間もめっきり減ってきた。
だって、そうだろ?
サラリーマン、なんて世間的に言えば立派な肩書を捨ててまでこの道を選んだのに、3回も〝NO〟を突き付けられりゃ。
今更諦めたとして、この歳でブラック企業以外に再就職なんかできるのか?
そもそも俺は本当に弁護士になりたいのか?
駄目だ……。油断していると、余計な迷いが次から次へと頭を過る。これも勉強に集中できない理由なんだろうと思う。
「ハァ……。何やってんだろ、俺」
溜息とともに、頭の中で何度も呪いのように唱えてきた自己嫌悪の念が、思わず口をついて出る。陰々滅々とした言霊は、人生の既定路線を大きく踏み外した俺を嘲笑うかのように、1kの部屋に虚しく鳴り響いた。
……気分を変えよう。
人生唯一の楽しみとも言える勉強後のビールを飲もうと冷蔵庫に手を伸ばすと、このところすっかり聞くことのなかったチャイム音が鳴る。
宗教か? 光回線の営業か? それとも某放送局か?
いや。さすがにそれはないか。
時刻は既に日を跨いでいる。夜分遅くに申し訳ありません、で許されるレベルはとうに超えている。
渋々インターホンのモニターに目を向けると、街の平和を守る国家権力の制服姿が3つ程あった。いやマジで心当たりがない。
女一人と男二人、か。
女性の方は歳で言うと、20代半ばだろうか。
涼し気で切れ長の目はどこか人を見下すような雰囲気も感じられるが、それを補うほどの整った顔立ちだ。ぶっちゃけかなりタイプではある。
黒髪ロング、黒縁眼鏡も個人的に大幅加点ポイント!
……まぁそれはどうでもいい。
男二人については、体脂肪率で言うと1桁前半は固いと推察できる程に完成された肉体だ。これから何が起こるかは想像できないが、あまり手荒な真似はして欲しくないとだけは言える。
さて、どうしたものか。
居留守というのも一つの手か。
だが、それでは後々拗れることは火を見るより明らかだ。
ということで気は進まないが、玄関のドアを開けてみることにした。
「えーっと……、どのようなご用件で?」
「近江 憲、あなたを無差別殺人の容疑で逮捕します」
女性警官が淡々とした口調で俺に言い放った。
どうやら、俺の法曹人生は始まる前に終わりを告げたようだ。
新卒で入った会社を辞めて4年。弁護士を目指し、挑戦してきた司法試験も次で4回目になる。4回目ともなると、一人きりでの勉強も慣れたものだ。もちろん、家賃や食費その他諸々の出費もあるのでバイトもしているわけだが、それも含めて生活サイクルはある程度安定してきている。
そうやって計画的にスケジュールを組んできた成果だろうか。
今ではそこそこ勉強に手応えを感じており、過去問を解いてみても合格ラインに二、三歩及ばないレベルにまでは成長している。このペースを維持できれば、例え日本一の難関試験だろうが十分に射程圏内だ。
……そんなわけないだろ!!
もう3回も挑戦して、予備試験すら通過出来ていないんだ。第一、4回目にしてようやく手応えを感じ始めている時点で、そこそこ終わっている。
ただまぁ、それでも一つ言い訳をするなら難易度が難易度だ。3年連続不合格なんてザラと言っちゃザラではある。中には、10年連続受験している猛者だっているくらいだしな。まぁ俺としては、そいつらがどうやってモチベーションを維持しているのか不思議で仕方がないが。たかだか4回目の俺でさえ、不安やプレッシャーで毎晩発狂しそうになるというのに。
……分かっている。こんなのはただの惰性だ。
勉強をある種の免罪符にしているだけで、〝司法試験浪人〟という立場に甘んじているに過ぎない。傍から見りゃ取るに足りないフリーターである。
最近では、集中して勉強できる時間もめっきり減ってきた。
だって、そうだろ?
サラリーマン、なんて世間的に言えば立派な肩書を捨ててまでこの道を選んだのに、3回も〝NO〟を突き付けられりゃ。
今更諦めたとして、この歳でブラック企業以外に再就職なんかできるのか?
そもそも俺は本当に弁護士になりたいのか?
駄目だ……。油断していると、余計な迷いが次から次へと頭を過る。これも勉強に集中できない理由なんだろうと思う。
「ハァ……。何やってんだろ、俺」
溜息とともに、頭の中で何度も呪いのように唱えてきた自己嫌悪の念が、思わず口をついて出る。陰々滅々とした言霊は、人生の既定路線を大きく踏み外した俺を嘲笑うかのように、1kの部屋に虚しく鳴り響いた。
……気分を変えよう。
人生唯一の楽しみとも言える勉強後のビールを飲もうと冷蔵庫に手を伸ばすと、このところすっかり聞くことのなかったチャイム音が鳴る。
宗教か? 光回線の営業か? それとも某放送局か?
いや。さすがにそれはないか。
時刻は既に日を跨いでいる。夜分遅くに申し訳ありません、で許されるレベルはとうに超えている。
渋々インターホンのモニターに目を向けると、街の平和を守る国家権力の制服姿が3つ程あった。いやマジで心当たりがない。
女一人と男二人、か。
女性の方は歳で言うと、20代半ばだろうか。
涼し気で切れ長の目はどこか人を見下すような雰囲気も感じられるが、それを補うほどの整った顔立ちだ。ぶっちゃけかなりタイプではある。
黒髪ロング、黒縁眼鏡も個人的に大幅加点ポイント!
……まぁそれはどうでもいい。
男二人については、体脂肪率で言うと1桁前半は固いと推察できる程に完成された肉体だ。これから何が起こるかは想像できないが、あまり手荒な真似はして欲しくないとだけは言える。
さて、どうしたものか。
居留守というのも一つの手か。
だが、それでは後々拗れることは火を見るより明らかだ。
ということで気は進まないが、玄関のドアを開けてみることにした。
「えーっと……、どのようなご用件で?」
「近江 憲、あなたを無差別殺人の容疑で逮捕します」
女性警官が淡々とした口調で俺に言い放った。
どうやら、俺の法曹人生は始まる前に終わりを告げたようだ。