「魔王……倒しちゃった」
あの声が聞こえたのは、きっとそういう事で、今度こそ大丈夫だと安堵していると、
「リュージさん。Aランクポーションのおかげで、皆さん無事です」
戻ってきたアーニャが笑みを浮かべて報告してくれた。
「お兄さん! 凄ーい!」
「いや、これは皆が協力したからだし、ダニエルさんが凄い魔法を使ってくれたからだって」
「そうかもだけど、お兄さんがこの案を出していなければ実現出来なかった訳で……」
セシルが興奮した様子で喋っていると、突然後ろから何か柔らかい物がぶつかってきた。
「リュージさん、凄いよっ! 召喚魔法だけじゃなく、あの凄い魔法を連続で使うなんてっ! 魔王を倒した英雄として、国中に広めないとっ!」
「ミア! どうしてお兄さんに抱きつくのっ!? 離れてよーっ!」
「あっはっは。いいじゃない! こんなにめでたいんだよ? 誰一人命を落とす事無く世界が平和になって、皆が家族の元へ帰れるんだ! 騎士を指揮する者として、これ以上嬉しい事はないよっ!」
セシルの言葉でようやく理解したけれど、どうやらミアさんに抱きつかれているらしい。
ミアさんは着痩せするのか、意外に大きな膨らみが……じゃなくて、ミアさんがお姫様なのに魔王討伐の旅に出たのは、自国の騎士たちを犠牲にしないためだったのか。
少数精鋭で魔王を倒せば、犠牲は少ない。
だけど今回みたいな戦い方だと、大勢を集める事でよりリスクを減らせるもんね。
「そうだ。家族の元へ帰るといえば、アーニャたちを元の国へ帰してあげなきゃ」
「うん。お昼前にも言ったけど、それについては全力でサポートさせてもらうよ。こちらで馬車を手配するし、到着するまでの旅費も全て国で負担しよう。魔王を倒してくれた褒美としては少ないくらいだから、他にも何か希望があれば聞くよ?」
ミアさんがアーニャたちの帰還について話していると、セシルが何やら言いづらそうに口を開く。
「あ、あのさ……じゃあボクから一つお願いがあるんだけど」
……
「お兄さん、見てー! 綺麗なお花畑だよー!」
「本当だ。あっちは風車かな? 珍しいね」
「じゃあ、ちょっとだけ寄っていこうよー!」
セシルの提案で馬車を停めてもらい、花畑へ歩いていくと、俺の右腕に柔らかい膨らみが触れる。
「お兄ちゃん。綺麗なお花畑だねー!」
「あぁぁぁっ! ナターリヤ、そういうのはズルいよっ!」
「でも、セシルは馬車の中でお兄ちゃんのすぐ隣に座っているじゃない。外に出た時くらい、ウチが隣でも良いでしょ」
「うぅぅぅ……ナターリヤを国へ送ってから観光旅行にすれば良かったー!」
魔王を倒した褒美としてセシルが希望したのは、アーニャたちの国までの移動費用の代わりに、大勢が乗れるサイズの馬車だった。
というのも、エルフの国を抜け出して自由に旅をしていたから、このまま続けたいと。
目的地はアーニャたちの国にするとしても、自分たちのペースで観光しながら、まったり行きたいと言うものだ。
ちなみに、魔王を倒した大量の貢献ポイントで、リビングとキッチンとお風呂を拡大したら、居心地が良過ぎて暫くゆっくりしたいと歓迎されてしまった。
俺も気心の知れた仲間たちと、まったり旅行が出来るので、全く文句は無い。
ただ、
「リュージさん。セシルさんとナターリヤ、どっちにするんですか? お礼と言う事で、時々私でも良いんですよ?」
セシルやナターリヤが居ない所でアーニャにからかわれるのが困りものだけど。
「うぅ。ナターリヤだけでなくアーニャまで。けど魔王を倒した英雄だし……ぁぁぁ、でも父さんはどうすればっ!」
「あなた。うるさいですよ? いっそ、一夫多妻制の国に行ってもらいますか?」
「そういう悩みじゃないんだぁぁぁっ!」
時々ミハイルさんが頭を抱えながら転げまわっては、フェオドラさんに止められている。
何の話をしているかは分からないけど、賑やかだから良しとしよう。
「お兄さん。次は、どこへ行こうか?」
「お兄ちゃん。次はどこへ行く?」
魔王が居なくなって平和になった世界だというのに、まったりではない気がするけど、俺は暫く念願の観光旅行を続ける事になったのだった。
了