白魔法が使えない回復術士は要らないと言われたので、実家を召喚出来る城魔法を使って、異世界スローライフ

「兄ちゃん。聖者って何の事なんだい?」

 乗合馬車の御者さんが、俺に向けられる聖者コールを聞いて、不思議そうに尋ねてくる。
 おそらくこの人は違う街に住んでいて、ただの興味本位で聞いているだけなのだろう。
 だけど、恥ずかしさが増すのでそっとしておいて欲しい。

「さぁ……それより出発は未だですか?」
「いや、兄ちゃんたちを加えても、あと三席空いているからな。その席が埋まったら出発だよ」
「では追加で三席分買いますから、早く出発してください」
「そういう事なら構わないぜ。じゃあ、出発だ」

 何人かの観光客と俺たち三人を乗せた乗合馬車が、次の街へ向かって出発した。
 聖者なんて呼び方は恥ずかしいので、本当に勘弁して欲しい。

――アヴェンチェスの町の悩みを解決した事により、貢献ポイントが付与されました――

 乗合馬車が出発してから少しすると、あの声が頭に響く。
 また実家が増築されるのかと思っていると、

――貢献ポイントが一定値を超えるとボーナスが付与されます――

 アナウンスで終わってしまった。
 どうやら今回の付与では、ポイントが一定値を超えなかったらしい。
 まぁ屋根裏部屋が出来たばかりだしね。
 それにまだ全然活用出来ていないし。
 一先ず、乗合馬車で行ける街まで行って食糧や植木鉢を購入し、ついでに周辺に生えている植物を採取して実家で一泊する事になった。
 ちなみに、乗合馬車の停留所で見た案内板によると、この街から商人ギルドの本部があるヂニーヴァの街へ行けるそうだ。
 商人ギルドの本部ともなれば、沢山情報が集まり、きっとアーニャの家族の情報が得られるはずだから、明日は忙しい日になるだろう。
 そのためにもしっかり休息を……と、いつも通り就寝して目覚めると、

「お、お兄さ……ん」

 セシルの様子がおかしく、毛布の中で俺に抱きつき、何やらモゾモゾしていた。
 だがこれは、前にも見たアレに違いない!
 確信と共に倉魔法から暗視目薬を取り出すと、すぐさま使用して毛布を捲り上げ……予想通り小さな妖精が居た。

「やっぱりガーネット……って、どうしてセシルは服を脱いでいるの!?」
「お、お兄さん! 服の中に何か虫みたいなのが入って……」
「誰が虫なのよーっ! 二人とも起きないから、いろいろ試していただけなのにー」

 あ、俺にもやってたんだ。
 でもガーネットの力だと、弱過ぎて気付かないからな。

「ガーネット。今日は何の用事なの?」
「えっとねー。一つは前に作って貰ったフェイス・ローションが欲しいのと、それから別のお願いがあってやって来たんだー」
「ローションはすぐ作れるけど、別のお願いって?」
「女王様から顔のケア以外にも何か綺麗になる物が欲しいって言われてねー。今、必死に探しているんだけど、何か良い物は無いかなー?」

 良い物は無いかと聞かれても、俺は女性の美容に詳しくないんだが。

「セシル……ちょっと起きて」
「お兄さん。取って……服の中に入った虫を取ってよぉ」
「いや、虫とか居ないから。というか寝ぼけてないで、起きてくれよ」

 寝ぼけたままのセシルが俺に抱きつき、それを絶妙なタイミングで起こしに来たアーニャに見られ……と、ある意味いつもの日常を過ごした後、朝食を食べながら改めて聞いてみる。

「という訳で、妖精の女王様が新しい美容品が欲しいそうなんだ」
「待ってください。リュージさん、今の話だと既に何らかの美容品を渡しているのですか?」
「言ってなかったっけ? フェイス・ローションっていう物があるんだけど」
「聞いてないです! それ、私にもくれませんか? お肌が綺麗になるんですよね!?」
「いや、アーニャには必要無いと思うよ。そんなの使わなくても綺麗だし」

 こういう事を言うと、妖精の女王は肌が綺麗じゃないのか? と思ってしまうけど、会った事も見た事も無いから何とも言えないんだよね。

「お兄さん。ボクは? ボクはどうなの?」
「セシルも必要無いよ。綺麗だもん」
「えへへー。お兄さん、ありがとー」

 わざわざ言わなくてもセシルの肌は綺麗なのに、どうして聞いてきたのだろうか。

「二人ともイチャイチャしてないで、何か美容に良さそうな物を考えてよー! ちゃんとお礼はするからさー!」

 イチャイチャはしていないのだが、ガーネットに催促されてしまった。
「美容に良さそうな物って何だろ?」

 ガーネットに頼まれ、皆で美容について話すが、これと言った物が出てこない。
 そんな中、ガーネットがセシルとアーニャの顔をまじまじと見つめだす。

「それにしても……こっちのエルフさんも、そっちの猫ちゃんも、二人とも肌が綺麗だよねー」
「まぁ二人とも若いしね」
「若い? まぁ猫ちゃんはわかるけど……いや、エルフさんも寿命から考えれば若いかー。うーん、女王様は結構……げふんげふん」

 ん? アーニャと俺はちゃん付けなのにセシルだけさん付け?
 見た目は十代前半だけどセシルの実年齢って……いや、考えないでおこう。

「セシルとアーニャは、美容の為に何かしてる?」
「ボクは何もしてないよー」
「私も特には」

 だよねー。
 普段、二人が美容に気遣って何かしている様子は無さそうだしね。
 毎日お風呂には入っているけど、それは清潔を保つ為だし。

「二人とも何もしていないって割に、髪の毛が綺麗だよねー」
「でも本当に、何もしてないよー?」
「そうですね。普通にお風呂で髪の毛を洗っているだけですし……あ、シャンプーを使わせてもらっているから?」

 二人の言葉を聞き、

「シャンプー……って何?」

 ガーネットが不思議そうに首を傾げたので、シャンプーの説明をして、お風呂へ連れて行き、実際に使って貰う。

「凄い! あわあわだーっ!」

 ガーネットは文化や風習が違うのか、服を脱がずに髪を洗っているけど……それはさておき、全員が泡に包まれる。
 一先ずこれで解決しそうなので、ガーネットが持ってきた花粉をフェイス・ローションにして、調剤室にある金香樹からシャンプーも作る。

「ありがとー! 本当に助かるよー。あ! ちょっと待ってて……」

 何かを閃いたらしいガーネットが、ローションやシャンプーを入れた小瓶をそのままに、窓から外へと出て行ってしまった。
 この状態で家を出て実家を消す訳にもいかないので、それぞれ好きな本を持ってリビングで寛いでいると、

「お待たせー! って、何これ! 本が沢山!」
「ガーネット。この人たち、本当に私たちの事が見えているの?」

 ガーネットが別の妖精を連れて来た。
 髪の毛が黄色で、ガーネットよりも少し背丈が大きい妖精だ。

「ガーネット。そちらの妖精さんは?」
「紹介するねー! この子はトパーズ。私のお友達なんだー」
「は、はじめまして。トパーズです。女王様のローションを作っていただいた方だと聞いています。その件については、本当にありがとうございます」

 宙に浮かぶトパーズから深々と頭を下げられた。
 同じ妖精でも、ガーネットとは随分と性格が違うらしい。

「でね、このリューちゃんが今度は髪の毛を綺麗にするアイテムを作ってくれたの。それで、お礼がしたいからトパーズの加護をあげて欲しいんだー」
「私の? ガーネットが自分であげれば良いのでは?」
「私はもう、ローションを作って貰った時にあげちゃったんだー」
「なるほど。あの、リューチャンさん。何か修得したいスキルなどはありますか?」

 ガーネットのせいで俺の名前がおかしな事になっているが、スキルが貰えるのはありがたい。
 前に貰った倉魔法は便利なのだが、俺が本当に欲しかったのは黒魔法だ。
 トパーズはガーネットよりも真面目そうだし、間違えたりはしないだろうが、念のため黒魔法とは違うものをお願いしてみよう。

「じゃあ、何か攻撃系の魔法をお願いします」
「攻撃系の……わかりました。では、リューチャンさんに虹魔法が使えるようにしましょう」

 虹魔法? 何だろう。聞いた事が無いんだけど。

「では、そのままお待ちください」

 前回と同様に動くなと言われ、直立不動で立って居ると、頬に何かが触れる。

「これでリューチャンさんには私の――エインセルの加護により、新たなスキルが備わりました。えっと、シャンプー……ですかね。ありがとうございます」
「リューちゃん、ありがとー! またよろしくねー!」

 ガーネットのピクシーに対して、トパーズはエインセル。妖精にも種族があるらしい。
 二人の妖精がそれぞれ小瓶を手にして窓から飛び去って行き、

――新たなスキルを修得しましたので、二次魔法「トレース」が使用可能になりました――

 いつもの声が響いた。
 ……で、毎度ながら二次魔法って何なのさ。
 虹魔法っていうのは、どこへ行ったんだー!
「セシル。虹魔法って知ってる?」

 トパーズが使えるようにしてくれるはずだった、虹魔法とやらが何なのかと聞いてみたけど、

「ごめんね。聞いた事もないよ」

 セシルでも知らない魔法らしい。
 一応アーニャにも尋ねてみたが、やはり知らないと。
 とはいえ、使えない虹魔法が何かよりも、使えるようになった二次魔法とやらの方が重要だ。
 出掛ける準備を済ませて皆で外へ出ると、周囲に何も無い事を確認し、

「トレース!」

 早速二次魔法を使ってみた……が、何も起こらない。

「これは倉魔法と同じパターンか?」

 倉魔法「ストレージ」を使用した時も、最初は何も起こっていないように見えた。
 実際は魔力の塊が生み出されていて、そこから空間収納を使う事が出来たんだけど、セシルとアーニャにも周囲を調べて貰ったものの、何も無い。
 そもそも、セシルに言わせると魔力が放出された気配がないそうだ。
 魔力について、俺はよく分からないけど、セシルが言うのだから間違いないのだろう。

「どうやら二次魔法は、ハズレスキルっぽいな」
「ボクとしては、妖精さんに貰ったスキルだから、そんな事はないと思うんだけど」
「何か発動条件があるんじゃないですか? に、二時になったら使えるとか」

 アーニャの例はさておき、発動条件というのはあるかもしれない。
 お医者さんごっこスキルの「診察」だって、相手の胸を触らないと発動しないしね。

「二次魔法の事は一旦置いといて、次の街へ行こうか。いよいよ商人ギルドの本部がある街だ。きっとアーニャの家族の情報だってあるはずだ」
「はいっ! お願いしますっ!」

 ヂニーヴァの街行きの乗合馬車へ乗り、再び馬車の荷台で揺られながら道を進む。
 大きな街への街道という事もあって、魔物も現れないし、山賊なんかも出て来ない。
 かなり揺られて、茜色の日に照らされ始めた頃、遠くに大きな壁が見えてきた。

「ヂニーヴァの街だよ。この馬車はここが終点だから、全員降りてくれ」

 乗合馬車の停留所へ着く頃には、日がすっかり落ちてしまったので、先ずはいつも通りに街の外で一泊しようと思ったのだが、

「あのっ! 先ずはギルドで家族の情報が無いか聞いても良いですかっ!?」

 今までずっと我慢してきたのだろう。
 アーニャが抑えきれないといった表情でギルドへ行きたいと言ってきた。
 ギルドまでの道も分からないけど、アーニャの気持ちは痛いほど良く理解出来る。
 セシルに視線を送ってみると、大きく頷いたので、先にギルドへ行く事に。
 日が落ち、魔法による灯りで照らされた道を三人で歩いているのだが、

「この街……ちょっと広過ぎない?」
「そうだね。ボクもそう思うよ」
「むー。せっかく辿り着いたのにー」

 商人ギルドの建物が一向に見当たらない。
 街を歩く人も少なくなっているし、女の子二人を連れて出歩くような時間ではなくなってしまった。

「アーニャ。完全に日が落ちているし、今日は街の中で宿を取って、明日ギルドを探そう」
「わかりました」

 アーニャも納得してくれたので、ギルド探しから一転して今度は宿探しへ。
 街の外なら城魔法を使って無料で泊まれるけど、また同じ道を戻るのは辛い。
 最悪、広めの場所があったら、街の中でも城魔法で家を出そうかと考えていると、

「おっと、こんな夜更けに女の子が出歩くなんて……悪い子だなぁ。オジさんが家まで送ってあげよう。さぁついて来なさい」
「ちょっと! やめてくださいっ!」

 アーニャが酔っ払いらしきオッサンに絡まれてしまった。

「失礼ですが、彼女は俺の連れです。離してもらえませんか」
「んぁ? なんだ、てめぇは!? 俺は、こっちの女の子と喋ってるんだよ。若造は引っ込んでろ!」

 アーニャを庇うようにして割り込んだ俺に、突然オッサンが殴りかかってきた。
 とはいえ、酔っ払いの拳だ。しっかりガードすれば大丈夫だろうと思っていると、

「うひぃぃぃーっ!」

 突然オッサンが変な声と共に目の前から消える。

「お兄さんに危害を加えようとする人は、許さないんだからっ!」

 どうやらセシルが突風を起こして真横に吹き飛ばしたらしく、路地に向かってオッサンがゴロゴロと転がって行った。
 セシルが竜巻で上空に吹き飛ばさなくて良かったよ。
 一先ず、再び三人で宿探しを再会するんだけど……何か変だ。
 何かモヤモヤするというか、身体の中に名状しがたい変な違和感がある。

「お兄さん? さっきから様子が変だけど、どうかしたの?」
「何て言えば良いのかわからないんだけど、さっきセシルがオッサンを吹き飛ばした後から、身体が変なんだ」
「変? どんな風に?」
「上手く言えないんだけど、身体の中に何かが入ってきたような、身体がそれをどうすれば良いのか困っているというか、自分でも良く分からない状態なんだ」

 セシルが見かねて声を掛けてくれたけど、俺の顔を覗き込んだ後、助けを求めるようにアーニャへ顔を向け、結局二人して困った表情を浮かべる事になる。

「俺の事はともかく、あの建物って宿っぽくないか?」
「確かにそんな感じがするけど、お兄さんは本当に大丈夫なの?」
「大丈夫だって。きっと寝たら治るさ。さぁ行こう」

 暗闇に浮かぶ看板の下へ移動し、異世界で初めて実家以外に宿泊する事となった。
「なんだろうなー」

 宿で朝食を済ませ、ギルド本部へ出発……となったけど、昨日のモヤモヤがまだ晴れない。
 この違和感は一体何なのだろうか。

「お兄さん、どうかしたのー?」
「いや、昨日の違和感が未だとれなくて」
「ん-、お兄さんは自分で自分を診察出来ないの?」
「そっか。診察すれば良いんだ。でもあれは、クリニックでしか使えないから、先にギルドへ行ってしまおう。俺の事は後で良いよ」

 宿をチェックアウトするついでに商人ギルドの場所を聞いて、今度こそ出発した。
 人が多いので、逸れないようにセシルとアーニャと手を繋ぎ、教えてもらった通りに進むと、大きな建物の前に辿り着く。

「これが、商人ギルドの本部か」
「それなりに大きいねー」
「あの、早く! 早く中へ入りましょう!」

 アーニャに引っ張られるようにして中へ入り、ギルドの職員や、他の街から来たと言う行商人などに話を聞いてみたが、有益な情報は出て来なかった。
 しょんぼりしているアーニャを連れ、ギルドから少し離れた場所にあるカフェで、これからどうしようかと話をしていると、

「よう。アンタたち、獣人族を探しているんだってな」

 ガラの悪い五人程の男たちが話しかけてきた。
 見た目は明らかに胡散臭い、いわゆるゴロツキと呼ばれるような風貌なのだが、

「は、はい! 何か、御存知なのですか!? 些細な事でも構いませんので、教えてください!」

 アーニャがキラキラと目を輝かせて話に喰いつく。

「いやー、俺たちもちょいと耳にした程度だから詳しくは知らないんだがよ。あっちに見たって奴が居るんだよ。話だけでも聞きに行くかい?」
「はいっ! お願いします!」

 あからさまに怪しいのだが、アーニャが居ても立っても居られない様子で立ち上がってしまった。
 仕方が無い。嫌な予感しかしないが、行くしかないか。
 アーニャと一緒に行こうと俺が立ち上がると、

「あー、そっちの兄ちゃんはここで待っていてくれ。見たって奴が極度の人見知りでよ。出来るだけ少ない人数にしてやりてーんだわ」

 もっともらしい言い分で、アーニャを一人にしようとする。
 そのくせ、

「でも、そっちのお嬢ちゃんなら来ても良いぜ。人見知りする奴だけど、一人くらいなら増えても大丈夫だろ」

 などと言ってくる。
 いやいや、だったら俺が一緒でも良いだろう。
 確実に黒だと決めつけて、セシルに目をやると、俺と同じ考えだったようで、無言のまま小さく頷いた。
 しかし、

「すみません。ではリュージさん、セシルさん。少しだけ待っていてください。ちょっと話を聞いてきます」

 俺が止める間も無く、アーニャが走り出す。

「アーニャ、待つんだ! これは、怪し過ぎる! 止まるんだっ!」
「おっと、兄ちゃん。どこへ行くつもりなんだ? 座ってな!」

 だが俺の声はアーニャに届かず、三人の男が行く手を阻む。

「邪魔を、するなっ!」

 ゴロツキたちにタックルを仕掛けて、強硬突破しようとした所で、

「フッ――この世に悪の栄えた試しなし! 愛と勇気と希望の名の元に、ホーリープリンセス参上っ!」

 変な奴が現れた。

「悪よ、滅びなさい! セイント・ボム!」

 ホーリープリンセスと名乗る赤いマントをなびかせた変な奴が爆発を起こし、ゴロツキたちだけを綺麗に吹き飛ばした。
 どこから現れたのかは分からないが、アーニャを助けてくれたので悪い奴ではない……いや、街中で爆弾みたいな物を投げるのはどうだろうか。

「そこの貴女、気を付けなさい。さっきの男は悪人よ」
「でも、私の家族を見たって……」
「アレは嘘ね。私のカンがそう告げているわ」

 カンなのか。
 いや、あのゴロツキたちが嘘を吐いている事には同意するけどさ。

「ぐはっ!」「ぐぇっ!」

 一先ずアーニャが攫われなくて良かったと思っていると、俺の邪魔をしていた二人が突然その場に崩れ落ちる。

「ミア様。いくら相手がゴロツキといえども、一人で先行しないでください」
「はっはっは。まぁそう固い事を言わなくても良いではないか。姫さんなら大丈夫じゃろうて。まったく、剣聖ともあろう者が、柔軟性が無さ過ぎじゃぞ」
「賢者殿が緩すぎるのです。ミア様に万一の事があってからでは遅いのです」

 いつの間に現れたのか、気付けば金髪のイケメン剣士と魔法使い風の老人が立って居た。
 しかし、若いイケメン剣士はともかく、老人が素早く動けるものなのだろうか。

「そちらのお兄さんが居れば、この人はもう大丈夫かしら。レオン、ダニエル、私たちは行きましょう。更なる悪を倒すのよっ!」

 ミアと呼ばれた変な少女が二人に声を掛け、俺たちの前から立ち去ろうとした所で、

「あれ? もしかしてミアって……ミア=ガリアルディ!?」
「ん……あ! セシルッ! どうして貴方がこんな街中に!?」

 セシルが少女を呼び止め、一方の少女もセシルの名を呼ぶ。

「セシル。知り合いなの?」
「うん。というか、ミアはこの国の王女だよ」
「えっ!? 王女!? この変な……コホン! この華麗な女性が!?」
「華麗……へぇー。お兄さんはミアみたいな女の子が好みなんだ。ふーん」
「いや、そういう訳じゃないけど、王女って魔王討伐の旅に出たっていう、あの王女様なの!?」

 何故か頬を膨らませるセシルを宥めつつ、王女――ミアさんの顔を見る。
 最初は夢だと思っていたけど、俺を呼び出した二人が、魔王討伐とか王女とかって話をしていたからね。

「あれ? セシル。この人は何なの? どうして、この人は私が魔王討伐に出た事を知っているの?」
「お兄さんは……何て説明すれば良いんだろ。薬師でお医者さん? 聖者様って呼ばれる事もあったよね」
「セシル、聖者はやめてってば。そんな柄じゃないし、とりあえず旅の薬師が一番しっくりくるけど……王女様の事を知っているのは、まぁ色々あってさ」

 ただ異世界で観光しようとしか思っていない俺が、たまたま人を助けて聖者と呼ばれた事があったけど、世界の平和のために魔王を倒そうとしている人たちを前に、その呼び名はどうかと思う。
 なので、なんちゃって聖者の事は黙っていたかったのだが、

「えっ!? 聖者って呼ばれている旅の薬師……もしかして、この人が噂のリュージさん?」

 何故かミアさんが俺の事を知って居た。
 しかも、それに追い打ちをかけるようにして、

「ふむ。この方が聖者殿ですか。思っていた以上にお若いですね。しかもセシル様と一緒に居るという事は、エルフが認める程の実力という事」
「ほっほっほ。噂通りの者ならば、是非ワシらと共に来て欲しいくらいじゃの。なんせ、こちらには治癒能力を持つ者が姫様だけじゃからの」

 ミアさんのお供の二人が俺の事を値踏みするように見てくる。

「ダメだからねっ! お兄さんはボクと一緒に居るんだからっ! あげないよっ!」
「ふぁっふぁっふぁ。いや、あくまで希望じゃよ。もちろん、エルフの王女様を護る騎士様を取ろうなんて思っとりゃせんよ」
「もぉっ!」

 ダニエルと呼ばれていた魔法使い風の老人にからかわれ、セシルがちょっと涙目になりながら俺に抱きついてきたけど、まぁ俺が魔王退治に参加する事は無いよ。
 参加したいとも思わないし、出来るとも思わない。何より俺が望むのは、異世界でのまったりとした観光な訳だしね。
 不機嫌そうなセシルの頭を撫でていると、

「うーん。ダニエルの話じゃないけど、割と本気でヒーラー不在なのが困って居るのよね。とりあえずセシルと久々にあった事だし、少しだけお茶しない? というか、私たちも相席させてもらって良いかしら」

 どういう訳か、一国の王女様とその御一行と共にお茶を飲む事になってしまった。
「その聖者さんは疫病に冒された街を丸ごと救ったのよね?」
「どうして、そんな事を知って居るんですか?」
「私の国の事だもの。当然知っているわよ」

 どういう情報網があるのかは知らないが、ミアさんに俺の事が知られていた。
 本当にどうなっているのだろうか。

「そういえば、どうしてミアの所にはヒーラーが居ないの? 魔王討伐なんて、ヒーラーは必須じゃないの?」
「それがねー。教会が異世界から最高のクレリックを召喚するって言って居たのに、失敗したらしくてねー」

 えーっと、その誤って召喚されたのが俺です……言えないけど。
 そんな事を思いながら、適当に暫く話を聞いて居ると、

「ところで、さっきの話だけど、どうして聖者さんがうちの国の機密事項――私が魔王退治の旅に出た事を知っているの?」

 ミアさんが曖昧に終わった話題を掘り返す。
 どうしよう。異世界召喚されたと正直に言うべきか。
 ミアさんたち一行には俺が異世界から来た事が知られても構わないが、セシルとアーニャが知った時、どう思うだろうか。
 何と答えるべきか迷っていると、

「ミア。機密事項って言うけど、その話はボクも知ってたよ? ミアが魔王退治の旅に出たって聞いて、面白そうだと思ったから、ボクも真似して王国を飛び出して……お兄さんと出会ったんだ」
「なるほど。セシルからかー。流石にエルフの国には筒抜けだよねー」

 セシルがフォローしてくれたおかげで、異世界召喚の話はしなくて良さそうだ。
 それから、アーニャと行動を共にしている理由に話がおよび、不思議な力によって飛ばされて来た事や、家族を探す為に商人ギルドの本部まで来たけど、情報が得られなかった……という事を話すと、

「じゃあ、私から城に問い合わせの手紙を出しておくわ。商人ギルドよりも、詳しく情報を得られるでしょう」
「ありがとうございます!」

 ミアさんが王女の力を使って調べてくれるらしい。

「ちなみに、貴方が飛ばされた不思議な力に心当たりは?」
「私自身には全く無いですが、父が魔王討伐の最前線に居るからかも……」

 ミアさんの問いにアーニャが答えると、イケメン剣士レオンが何かに気付いたらしく、口を開く。

「魔王討伐の最前線の猫耳族か。もしや貴方の父上は、ミハイル=スヴォロフという名前では?」
「はい、そうです! 父を御存知なんですか!?」
「えぇ。僕が魔王城の前線に居た時、少し話した事もあるので。顔見知りなので、もしもミハイルに会ったら、娘さんが探していたと伝えておきましょう」
「よろしくお願いしますっ!」

 商人ギルドはハズレだったけど、アーニャのお父さんの話が出てきた。
 やはり大きな都市へ行って、大勢の人から情報収集すべきだろうか。

「そうだ! これをあげる」

 ミアさんがおもむろに腰のポシェットを漁り、セシルに小さな何かを渡した。

「これは?」
「魔法の手紙っていうマジックアイテムよ。この封筒に手紙を入れて魔力を込めると、一瞬で私の所へ届くの。何か困った事があったら力になるから知らせて」
「わかった! ありがとっ!」

 封筒は全部で三つ。
 三回くらい助けを求められそうだ。

「では、お礼っていうには早いですが、これをどうぞ」
「えっ!? ちょっと待って。この純度は、まさかAランクポーション!?」
「はい。俺の力ではAかBランクしか作れないので、Sランクとかは持ってないんですけど」
「いえAどころかB、いえCランクを作れるだけでも一流の薬師なのに、Aランクが何本も……って、ちょっと待って。このポーションってどこから出したの?」
「倉魔法というか、空間収納ですけど?」
「えぇぇぇっ!? 何その魔法!? ダニエル知ってる!?」

 Aランクのバイタル・ポーションを六本出したら、ミアさんのテンションが再び上がり、凄い魔道士が空間収納は知らないと首を振る。
 あ、これ、やっちゃった!?

「リュージさん。改めて、私たちと一緒に……」
「ダメっ! お兄さんは絶対にボクと一緒なんだからっ!」

 収まりかけていたスカウトが、再び再開されてしまい、それを阻止しようとするセシルに抱きつかれてしまった。
 スカウト攻撃をセシルが妨げ、ミアさんたちとの話が終了した。
 一先ず城魔法で休むため、街の外へ。
 実家を出し、昼食の準備をしていくれているアーニャの横で、今後の家族探しについて再検討を行う。

「商業ギルドがダメなら、冒険者ギルドはどうかな?」
「それも一つの手だけど、冒険者ギルドの本部はまた別の街のはずだよ」
「そっか。ミアさんが城に聞いてくれているし、その回答を聞いてから本部のある街へ移動しようか」
「そうだねー。ミアは三日もあれば連絡が来るはずだって言っていたしねー」

 一先ず三日間この街に滞在する事となったので、周辺の薬草から薬を作って売る事に。
 それから昼食を済ませ、診察室へ移動し、自分自身に診察スキルを使用してみる。

「診察!」

『診察Lv2
 状態:健康
    二次魔法トレース状態』

 いつもの銀色の枠に二次魔法トレース状態という見慣れない言葉が書かれていた。
 二次魔法トレース状態とは、どういう意味だろうか。
 トレースは、何かをなぞるとか、写すって意味だった気がする。
 ……って、待てよ。トレースで、二次魔法って、まさか!
 スキルの効果が分かって居ない二次魔法について、思い当たる事があるので、慌てて外へ出ると、

「トレース!」

 何も無い草原に向かって二次魔法を使用してみた。

――ゴゥッ

 すると、突風が発生し、目の前に広がる草を激しく揺らしていく。
 予想通りだ!
 これと同時に、身体にあったモヤモヤがスッと消える。
 これは……

「トレース!」

 ある可能性に気付き、もう一度二次魔法を使うと、今度は何も起こらなかった。

「なるほど。二次魔法ってそういう事か! ……セシルーっ!」

 仕組みを理解したので、その裏付けを得るため、リビングでラノベを読もうとしていたセシルを連れて来て、

「セシル。悪いんだけど、何でも良いから、その辺に適当な攻撃魔法を放ってくれないか?」
「え? 別に構わないけど……」

 不思議そうにしているセシルに、竜巻を起こしてもらう。
 その竜巻を見ると、先程まで治まっていたモヤモヤが再び生まれたが……これで良い。俺の考えが正しければ、

「トレース!」

 二次魔法を使用すると、先程セシルが起こしたものよりも、少し小さな竜巻が発生し、再びモヤモヤが綺麗に消える。

「お兄さん。今の、魔法だよね?」
「あぁ。どうやら二次魔法は、見た魔法の劣化版を一度だけ使えるみたいだ」

 二次とトレース。ネーミングはどうかと思うけど、スキルの効果は非常に素晴らしい。
 実情はともかく、魔法が使えるようになったみたいで嬉しくて、セシルに魔法を連発してもらい、俺も二次魔法を使いまくる。

「トレース!」
「トレース!」
「トレース!」

 ……とはいえ、セシルがマジック・ポーションを飲まなければならない程に魔法を使ってもらったのは、やり過ぎだったかもしれない。
 だがそのおかげで、

――スキルのレベルが上がりました。二次魔法「トレース」がレベル2になりました――

 早くもスキルのレベルが上がってしまった。
 その結果、

――スキルの修得条件を満たしましたので、二次魔法「アーカイブ」が使用可能になりました――

 新たなスキルを修得する事に。
 アーカイブというスキルにはどういう効果があるのだろうか。

「お兄さん、どうかしたの? 魔法の使い過ぎで疲れちゃった?」
「そうではないんだけど……いいや。とにかく使ってみよう。……アーカイブ!」

 スキル名から効果を考えていたけど、使ってみれば分かるだろうとスキル名を叫ぶと、いつも見ている銀色の枠が現れる。
 だが、その中身が大きく異なっていた。

『サモン・コール
 ステータス
 ハイディング
 トルネード
 バースト・ウィンド
 ポイズン・ミスト
 カース・タッチ
 セイント・ボム』

 銀色の枠を覗いてみると、見慣れない言葉が沢山羅列されている。
 何だろうかと思いながら、一番下のセイント・ボムに触れてみると、轟音と共に前方が爆発した。

「わっ! お兄さん。今の爆発は?」
「えーっと、二次魔法のレベルが上がって得た、新しいスキルを使ったら、こうなったんだ」
「そうなんだ。でも、今の爆発で生じた魔力って、どこかで感じた気がするんだけど」
「あー、さっきミアさんが使っていたセイント・ボムを選んだよ」

 表示された名前と、それによって起こった結果。それにセシルの言葉から察すると、おそらく俺が今まで見た事のある魔法を再現するスキルなのだろう。
 今度は上にあるステータスをタッチしてみると、

『サイトウ=リュージ
 三十二歳 男
 属性適性:土
 保有スキル:城魔法、倉魔法、二次魔法、お医者さんごっこ、お店屋さんごっこ』

 俺の情報が詳しく表示された。
 これで新しいスキル、アーカイブの効果は思った通りで間違いなさそうだけど、ポイズン・ミストやカース・タッチって、魔物が使ってきた攻撃だよね?
 流石に使うのは抵抗があるんだけど。

「どうやら、今まで俺が見たスキルを使う事が出来るスキルみたいだ」
「お兄さん。それって、かなり凄いんじゃない? いろんな人の戦いを見ているだけで、それが使えるようになっちゃんうんでしょ? 例えば、今ボクが使える一番強力な魔法を使ったら、お兄さんもそれが使えるようになるんだから」
「そうなのかな?」
「きっとそうだよー。ちょっとやって見ようよー」

 そう言うと、セシルが俺から少し離れ、何も無い草むらに向かって魔法を放つ。

「アース・スパイク!」

 その直後、激しい揺れと共に地面から大きな槍のように尖った岩が幾つも突き出て、暫くすると元の状態へと戻っていく。

「セシル……凄いな」
「うん。でも、土の精霊の力が強い場所でしか使えないから、この前みたいな川では使えないし、ちょっと不便なんだけどね。それよりお兄さん。今のが使えるようになっているの?」
「ちょっと待って……アーカイブ」

 再び銀色の枠が表示されると、セイント・ボムの下にアース・スパイクが追加されていたので、早速タッチすると、先程セシルがやったように、地面から大きな岩が飛び出してくる。

「お兄さん、凄いよっ! じゃあ、次はー……」
「先程から凄い音ですが、何があったんですか?」

 セシルが次の魔法を考えていると、クリニックから出てきたアーニャが、恐る恐る近づいてきた。

「ごめんね。新しいスキルを得たから、いろいろ試していたんだよ」
「そうなんですね。どんなスキルなんですか?」
「それが、今まで俺が見たスキルを使用出来るみたいでさ。実際にやってみせるよ」

 魔法が使えるようになったみたいなので、ちょっと得意げにアーカイブを使用し、今度はどれを使おうかと考えていると、ある言葉に目が留まる。

「サモン・コールって何だろう」

 サモンは俺の実家を呼び出す城魔法だし、何かを呼び出すのだろうか。
 一先ずサモン・コールをタッチすると、

『誰を召喚しますか? 召喚する相手の名前を言いながら、再度選択してください』

 銀色の枠にエラーメッセージのような言葉が表示されてしまった。

「……待てよ。アーニャ。探している家族――例えばお父さんの名前って何だっけ?」
「私の父ですか? ミハイル=スヴォロフですけど?」
「了解。ちょっと待ってね……サモン・コール。ミハイル=スヴォロフ!」

 メッセージに表示された通り、名前を呼びながらタッチすると、目の前に魔方陣が描かれ、

「お……お父さんっ!」
「え? あ、アーニャ!? アーニャなのかっ!?」

 アーニャのお父さんが現れた。

 猫耳の中年男性がアーニャの名前を叫びながら抱きしめる。
 アーニャもお父さんと呼んでいるから、間違いないだろう。

「アーニャ、ここはどこなんだ?」
「えっと……」

 アーニャが困った様子で俺を見てきたので、これまでの経緯を説明する。

「つまり、アーニャがこの国へ飛ばされ、リュージさんに助けてもらったと」
「うん。で、リュージさんが召喚魔法で、お父さんを呼んでくれたの」

 俺が最初に異世界へ呼ばれた召喚魔法――サモン・コールを使って、アーニャの父親が召喚出来てしまった。
 つまり、家族の名前を聞けば……

「サモン・コール。フェオドラ=スヴォロフ!」
「サモン・コール。ナターリヤ=スヴォロフ!」

 アーニャのお母さんと妹が現れた。
 だが、どちらも顔色が悪く、地面に倒れている。

「皆、手伝って! 急いで二人をクリニックの中へ!」

 二人を急いでベッドへ寝かせると、

「診察!」

 家族の前で申し訳ないけれど、お母さんと妹さんの胸元に手を入れ、スキルを発動させた。

『診察Lv2
 状態:七日呪い(弱)』

『診察Lv2
 状態:瀕死。七日呪い(抵抗)』

 お母さんも妹さんもアーニャと同じ呪いに掛かっている上に、妹さんは瀕死って!
 急いで倉魔法からクリア・ポーションを出して二人に飲ませるが、お母さんは少しずつ飲んでくれているものの、妹さんはダメだ。薬を飲む力も無いらしい。

「アーニャ! この薬をお母さんに飲ませておいて!」
「はいっ! あの、ナターリヤは……?」
「俺が何とかするっ!」

 一刻一秒を争う状況なので、クリア・ポーションを口に含むと、無理矢理口移しで妹さんに押し込む。
 少しすると小さく喉が動き、暫くすると、妹さんが自ら舌を俺の口に入れて薬を求めてくるようになった。
 これなら、後は普通に飲んでくれるだろう。
 命の危機だからと咄嗟に動いたけれど、冷静になって考えてみると、今の状況は結構恥ずかしい。
 口移しで薬を飲ませた上に、今はその薬を求めるが故に、口の中で互いの舌が絡め合うようになってしまっている。
 早く離れなければと顔を離そうとしたのだが……何故か顔が動かない! 誰かが俺の頭を抑えつけている!?

「んーっ!」
「ナターリヤ! リュージさんが困っているでしょ!」
「そうだよっ! 元気になったのなら、お兄さんを離してよっ!」

 叫びにならない声をあげていると、アーニャとセシルの声が聞こえ、ようやく頭が動くようになった。
 改めて妹さんを見てみると、すっかり顔色が良くなっている。
 お母さんも顔色が良くなっているので、一先ず確認だけさせてもらおう。

「お二人とも申し訳ないのですが、少しだけ触りますね。あ、医療行為なんです! その、俺は一応医者というか薬師なので」
「リュージさんは、沢山患者さんを救ってきた人なの。私も手伝ってきたし、これは本当よ」

 アーニャのフォローもあって、再び胸に触れさせてもらい、

『診察Lv2
 状態:病み上がり。呪い無効化(二十四時間)』

 二人共、状態が病み上がりに代わっていた。

「良かった。二人とも、呪いは解除されました」
「呪い……ですか? 私は病気だって言われて、入院していたんですが」
「なるほど。お母さんの方は、呪いが少し弱まっていました。入院していたのも無意味では無かったのではないかと」

 一先ず、お母さんに推測を伝えると、突然背中から誰かに抱きつかれる。

「さっきのキスでお兄ちゃんが治してくれたんだねっ! 本当にありがとうっ!」
「君は本当に危ない状態だったんだ。間に合って良かったよ」
「ウチは病院に行って、一応薬は飲まされていたけど、もう手の施しようが無いって言われてて……」
「でも、その薬のおかげで、こうして間に合って、君を助ける事が出来たんだ」
「うんっ! あ、ナターリヤ……ウチの事は名前で呼んでねっ! お兄ちゃんっ!」

 その直後、一旦背中から離れたナターリヤが、俺の正面で背伸びをして、

「大好きっ!」
「あぁっ! お兄さんにっ!」
「な、ナターリヤっ! 父さんの目の前でぇぇぇ」

 今度は医療行為ではないキスをされてしまった。