「兄ちゃん。聖者って何の事なんだい?」

 乗合馬車の御者さんが、俺に向けられる聖者コールを聞いて、不思議そうに尋ねてくる。
 おそらくこの人は違う街に住んでいて、ただの興味本位で聞いているだけなのだろう。
 だけど、恥ずかしさが増すのでそっとしておいて欲しい。

「さぁ……それより出発は未だですか?」
「いや、兄ちゃんたちを加えても、あと三席空いているからな。その席が埋まったら出発だよ」
「では追加で三席分買いますから、早く出発してください」
「そういう事なら構わないぜ。じゃあ、出発だ」

 何人かの観光客と俺たち三人を乗せた乗合馬車が、次の街へ向かって出発した。
 聖者なんて呼び方は恥ずかしいので、本当に勘弁して欲しい。

――アヴェンチェスの町の悩みを解決した事により、貢献ポイントが付与されました――

 乗合馬車が出発してから少しすると、あの声が頭に響く。
 また実家が増築されるのかと思っていると、

――貢献ポイントが一定値を超えるとボーナスが付与されます――

 アナウンスで終わってしまった。
 どうやら今回の付与では、ポイントが一定値を超えなかったらしい。
 まぁ屋根裏部屋が出来たばかりだしね。
 それにまだ全然活用出来ていないし。
 一先ず、乗合馬車で行ける街まで行って食糧や植木鉢を購入し、ついでに周辺に生えている植物を採取して実家で一泊する事になった。
 ちなみに、乗合馬車の停留所で見た案内板によると、この街から商人ギルドの本部があるヂニーヴァの街へ行けるそうだ。
 商人ギルドの本部ともなれば、沢山情報が集まり、きっとアーニャの家族の情報が得られるはずだから、明日は忙しい日になるだろう。
 そのためにもしっかり休息を……と、いつも通り就寝して目覚めると、

「お、お兄さ……ん」

 セシルの様子がおかしく、毛布の中で俺に抱きつき、何やらモゾモゾしていた。
 だがこれは、前にも見たアレに違いない!
 確信と共に倉魔法から暗視目薬を取り出すと、すぐさま使用して毛布を捲り上げ……予想通り小さな妖精が居た。

「やっぱりガーネット……って、どうしてセシルは服を脱いでいるの!?」
「お、お兄さん! 服の中に何か虫みたいなのが入って……」
「誰が虫なのよーっ! 二人とも起きないから、いろいろ試していただけなのにー」

 あ、俺にもやってたんだ。
 でもガーネットの力だと、弱過ぎて気付かないからな。

「ガーネット。今日は何の用事なの?」
「えっとねー。一つは前に作って貰ったフェイス・ローションが欲しいのと、それから別のお願いがあってやって来たんだー」
「ローションはすぐ作れるけど、別のお願いって?」
「女王様から顔のケア以外にも何か綺麗になる物が欲しいって言われてねー。今、必死に探しているんだけど、何か良い物は無いかなー?」

 良い物は無いかと聞かれても、俺は女性の美容に詳しくないんだが。

「セシル……ちょっと起きて」
「お兄さん。取って……服の中に入った虫を取ってよぉ」
「いや、虫とか居ないから。というか寝ぼけてないで、起きてくれよ」

 寝ぼけたままのセシルが俺に抱きつき、それを絶妙なタイミングで起こしに来たアーニャに見られ……と、ある意味いつもの日常を過ごした後、朝食を食べながら改めて聞いてみる。

「という訳で、妖精の女王様が新しい美容品が欲しいそうなんだ」
「待ってください。リュージさん、今の話だと既に何らかの美容品を渡しているのですか?」
「言ってなかったっけ? フェイス・ローションっていう物があるんだけど」
「聞いてないです! それ、私にもくれませんか? お肌が綺麗になるんですよね!?」
「いや、アーニャには必要無いと思うよ。そんなの使わなくても綺麗だし」

 こういう事を言うと、妖精の女王は肌が綺麗じゃないのか? と思ってしまうけど、会った事も見た事も無いから何とも言えないんだよね。

「お兄さん。ボクは? ボクはどうなの?」
「セシルも必要無いよ。綺麗だもん」
「えへへー。お兄さん、ありがとー」

 わざわざ言わなくてもセシルの肌は綺麗なのに、どうして聞いてきたのだろうか。

「二人ともイチャイチャしてないで、何か美容に良さそうな物を考えてよー! ちゃんとお礼はするからさー!」

 イチャイチャはしていないのだが、ガーネットに催促されてしまった。