唸るような風の音が洞窟に響き、何事かと思った直後、目の前に大きな白い塊が浮かんで居た。
始めはただの白い球だったそれは、少しずつ姿を変えて行き、髪の長い女性の姿へと形を変える。
その形相は怒り狂って歪んでおり、目と口が黒い空洞になっていた。
「お兄さん! レイスだよっ!」
セシルが再び叫んで突風を起こすが、激しい風が吹くものの、吹き飛ぶ事すらしない。
レイスと言えば、ゲームでゴーストとかの上位種になっているやつだと気付き、ててクリア・ポーションをかけるが、何も変化が無い。
スケルトンみたいに溶ける訳でもなく、元々歪んだ表情なので、全く効果が無いのか、少しはダメージを与えているのかすら不明だ。
「カ、エ、セ……」
虚ろな空洞の様な口から、暗い声が発せられる。
返せ……って、腕輪の事か!?
そう考える間も無く、白い女性から長い腕が伸びて来た。
「いやぁぁぁっ!」
アーニャが手にしていたホーリー・インセンスを、電光石火の早さで着火させ、レイスに投げつける。
一つ、二つ、三つ……
「って、アーニャ! 投げ過ぎっ!」
「それより早く逃げなきゃ! レイスには絶対に勝ち目がありませんっ!」
「そうなの!?」
「そうなんですっ! 幽霊の最上位ですよっ!? 遭遇したら確実に死ぬって言われているんですからっ!」
煙で真っ白になった洞窟を、アーニャを先頭に戻って行くと、
「カ、エ、セ……」
「追ってきた! しかも増えてる!?」
人型ですらない半透明の白い塊が十体程レイスの周りを囲んで居て、アーニャが着火したホーリー・インセンスを投げつけると、
――ヲォォォ
半透明の白い塊数体が一気に消え去った。
ホーリー・インセンスに効果がある事は分かったが、煙の壁に白い塊が触れた所へ穴が開き、そこからレイスが進んで来る。
しかも、煙の壁を越えた後、再び半透明の白い塊が生み出された。
クリア・ポーションは効果が薄く、ホーリー・インセンスを使えば足止め出来るものの、数秒だけ。
しかも、ホーリー・インセンスは残り十個程度しかない。
「小さいのになら、ボクの魔法が効くかもっ!」
「セシルっ! ダメだっ!」
セシルが突風を起こし、半透明のゴーストみたいなのが後ろへ吹き飛んで行くが、肝心のレイスは関係無しに進んで来る。
しかも今の突風で、新たにアーニャが投げたホーリー・インセンス二つ分の煙が消えてしまった。
「カ、エ、セ……」
レイスの腕が、突き出た岩をすり抜けて迫ってくる。
ヴィックと同じ霊体だからか、障害物など関係無いらしい。
……という事は、ヴィックと同じで俺たちに触れる事が出来ないんじゃない?
そもそも逃げる必要も無い気がしてきた。
「二人とも、先に行って!」
「お兄さん!? 何をするのっ!?」
「さっきはBランクのクリア・ポーションだったけど、今度はAランクのを使ってみる。数が少ないから、確実に当てるんだ」
「そんな事より逃げないきゃっ!」
足を止めてレイスと対峙する俺に驚き、セシルが慌てているが、冷静に考えれば大丈夫だ。
霊体のレイスには何も出来ないから。
クリア・ポーションの蓋を開け、レイスの身体が近づくのを待っていると、白い腕が迫って来た。
腕を無視して構えていると、
「ぐ……」
突然激しい疲労に襲われる。
何だ!? 苦しくて立って居られない!
「お兄さんっ!」
「リュージさんっ!」
セシルが倒れた俺に近づき、アーニャがホーリー・インセンスを投げつける。
そこで意識を失い、気付いた時には辺り一面が煙に包まれ、目の前にセシルの顔があった。
「お兄さん! さっき猫のお姉さんが言っていたよね? レイスに遭ったら死ぬって。無謀だよっ!」
「何が起こったんだ?」
「お兄さんがレイスのカース・タッチを受けたんだよ。で、猫のお姉さんがありったけの煙を使って時間を稼いでくれたんだ」
「カース・タッチ?」
「その名の通り、触れた相手に死の呪いを与えるんだ。お兄さんにポーションを飲ませて呪いは解けたみたいだけど……立てる? 早く逃げなきゃ」
セシルとアーニャに手を借りて起き上がる。
疲労感は未だ残っているが、倉魔法でバイタル・ポーションを出して飲み、再び歩き始める。
しかし、障害物はすり抜けるのに、触れた相手に呪いを与えるってズルくない!?
文句を言っても仕方ないので、とにかく逃げる。
ヴィックが越えられないと言っていた結界まで……って、クリア・ポーションが全く効かないレイス相手に、あの結界も大丈夫だと言えるのか?
少し不安に駆られた所で、
「急いで! 来たよっ!」
全てのホーリー・インセンスを注ぎ込んだ煙幕を、レイスが突破してきた。