翌朝、違和感を覚えて目が覚めた。
 セシルは……いつも通りだ。頭まで布団を被って、俺の隣で眠っている。
 アーニャは分からないが、一先ずここには居ない。
 じっとりと、何かが絡みつくような変な感じがするのだが、周囲を見渡してみても何も無い。
 では、一体何だろうか。

「ふゎー。お兄さん、おはよー!」
「おはよう、セシル……」
「お兄さん、どうしたの? 険しい顔になってるけど」
「いや、誰かに見られているような、視線を感じる気がしてさ。何だか寒気もするみたいだし」
「風邪をひいたのかな? お薬取ってこようか?」
「いや、薬ならすぐ取り出せるけど……これは、風邪なのか?」

 倉魔法でパナケア・ポーションを取り出そうとして、その隣にあった暗視目薬が目に留まった。
 何も居ないのに見られている感じがする。
 ガーネットの時の様に、Aランクの暗視目薬を使ったら何かが見えるだろうか。
 とりあえず暗視目薬を使ってみると、部屋の真ん中に日焼けし過ぎた感じのオッサンが居た。

「おゎぁっ! 誰!?」
「お兄さん? どうしたの?」
「幽霊が居るっ! こっちへ来るなっ! セシル、俺の後ろへっ!」

 キョトンとするセシルを抱き寄せ、俺の背中に隠した所で、オッサン幽霊がベッドのすぐ傍に居て、

「オレの姿が見えるのか?」
「近寄るなぁぁぁっ!」
「見えているんだな!? 頼む、話を聞いてくれぇぇぇっ!」

 深々と頭を下げられてしまった。

「え? 幽霊……だよね?」
「幽霊……まぁそんなもんだ。オレは昔この町で剣闘士をしていた、ヴィックというんだ」
「お兄さん? 誰とお話ししているの?」

 一先ず害意は無さそうなので、セシルにも暗視目薬を使ってもらった。
 ……しかし使ったのは目薬なのに、声まで聞こえるようになるのは、どうしてなのだろうか。
 とりあえずアーニャも呼んで、改めてヴィックの話を聞く事に。

「さっきも言ったが俺は剣闘士だったんだ。闘技場で己の腕と剣を頼りに魔物と戦い、見ている観客を楽しませる。危険が伴う代わりに身入りの良い仕事だ」
「凄い仕事ですね」
「あぁ。怪我をしても、死んでしまっても自己責任。中には借金を返す為、無理矢理剣闘士をやらされている者も居たが、俺は自ら剣闘士の道を選び、死んでしまった」
「それで成仏出来なかったと?」
「まぁな。というのも、魔物と戦って死んだのではなく、俺が毒を盛られて死んだからなんだ」

 えっと、毒を盛られて死んだ剣闘士が、成仏出来ずに幽霊となって家に出て来た……いや、出てこないでよ。

「オジサン。毒を盛られたっていうのは確かなのー?」
「あぁ。死んだ後、この姿ではっきりと見聞きしたからな。俺の妻となる予定だった女性を狙っていた男が、共謀した別の男と話しているのをな」
「そうなんだ」
「だが、その話を誰かに伝えられる訳でもないし、死んだ俺が生き返る訳でもない。せめて、恋人に気を付けろと言いたかったんだが……俺を追って自ら命を落としてしまってな」

 ど直球で聞いていたセシルも、話の顛末に沈黙してしまった。

「で、頼みっていうのは、俺を追って死んでしまった恋人の、形見になる物だけでも見つけて貰えないかと思ってさ」
「え? でも剣闘士って、大昔の話ですよね?」
「あぁ。だが闘技場の真下が墓地になっていて、今も遺跡として入れるんだ。俺の恋人が地位の高い貴族の娘で、その死を機に闘技場が閉鎖になったから、割と見つけやすいんじゃないかと思うんだ」
「だったら、ヴィックさんが行ってみては?」
「そうしたいんだが、途中で結界みたいなのがあって、この身体じゃ近づく事すら出来ないんだよ。頼む! 何でもいいんだ。服の端切れ、何かの装飾品、何なら骨でも良いんだ」
「……セシル、アーニャ。どう思う?」

 二人に話を意見を求めると、

「ボクは別に構わないけど……」
「わ、私も……手伝って、よ、良いと、思います……よ?」

 セシルは普通に、アーニャは引きつった笑みで協力しても良いと言う。

「分かった。一先ず協力するけど、危険だと判断したら即終了だからね?」
「ありがとう! 流石、闘技場のど真ん中で一泊するような方々は違うな!」
「えっ!? 闘技場のど真ん中? ここが?」
「あぁ。もう少し時間が経ったら、観光客が集まって来る時間だぜ」

 空き地を見つけたと思って城魔法を使ったのだが、どうやら遺跡のど真ん中らしい。
 暗かったとはいえ、ちゃんと確認しないといけないなと、反省する事になってしまった。