「ララさん、特殊個体って!?」
「一言で表すと、普通の魔物よりもかなり強いって事です」

 ある程度予想はしていたけれど、出来れば聞きたくない言葉だった。
 要は異世界ものやゲームによくある、ユニークモンスターとかボスモンスターって事だよね?
 そういうのは、勇者だとか剣士だとかって人と遭遇してよっ!

「特殊個体かぁ。でも、吹き飛ばしちゃえば関係ないよねー」

 あの大きな蛙を前にしても、未だ眠そうな表情のセシルが再び竜巻を起こす。
 川の水と共に、再びポイズンフロッグたちが吸い上げられるけど、

「あれ? あの大きいのは動いてないね。重いからかな?」

 肝心のレッドフロッグはビクともしていない。

「じゃあ違う魔法にしようかな」
「セシル、どんなのが使えるの?」
「得意の風系統なら、概ね何でも出来るよー。さっきまでは効果範囲が広い竜巻の魔法を使っていたけど、範囲が狭い代わりに強力な、風の刃を飛ばす事だって出来るんだからー」

 風の刃って、あの蛙をスパッと真っ二つにするような……って、仕方が無いとはいえ、川にレッドフロッグの血が流れ出るグロテスクな光景になってしまいそうだ。

「でも、レッドフロッグを風の刃とかで斬ったら、血が川に流れ込むけど大丈夫なの?」
「血液に毒があるか無いかは分かりませんが、私は拙い気がします。普通のポイズンフロッグは体内に毒を生成する臓器があるんですけど、風の刃で斬ってその臓器が川に落ちたら、下流が大変な事になってしまう気がします」

 俺の疑問にララさんからダメだと言われ、セシルがどうしようかと、悩んでいる。

「レッドフロッグを岸に上げて倒せれば良いんだけど、風の魔法で動かせなかったんだよね」
「上空に吸い上げてどこかへ飛ばすっていう手段は無理だったねー。突風で吹き飛ばすっていう魔法も使えるけど、重そうだし無理かも」
「重そう……だったら、風の刃であの蛙の手足だけ斬って、軽くしてから吹き飛ばすっていうのは?」
「そんなにピンポイントで狙えないよー」

 有効と思える案が無く、どうしようかと意見を交わしていると、レッドフロッグが小さく鳴く。
 その直後、先程セシルが吹き飛ばしたはずのポイズンフロッグ十数匹が、再びレッドフロッグの周囲に現れる。

「さっきの蛙が、また増えた!?」
「あれは特殊個体の魔物が持つスキル、眷属召喚かと。自分の手下として別の魔物を強制的に呼び出すので、レッドフロッグを倒さないと、延々とポイズンフロッグが現れるかと」

 つまり俺達がやらなければならないのは、ポイズンフロッグの群れを捌きつつ、レッドフロッグを岸に上げてから倒す……って、無理じゃない?
 ポイズンフロッグは倒しても無意味で、レッドフロッグは重くて動かせないなんて、どうすれば良いんだ!?

「ララさん。ポイズンフロッグって、どういう攻撃をしてくるんですか?」
「ポイズンフロッグは、シンプルに体当たりですが、毒を含んだ体液を身体に纏っているんです」
「つまり、体当たりされたら毒にやられるっていう事?」
「えぇ。ですがポイズンフロッグの毒はそこまで強力ではないですし、体当たりしかしてこないので、近寄ってきた所を剣で斬れば良いだけです」

 ララさんが騎士時代の剣を見せてくれたけど、近寄ってきた所を斬るだけ……って、この数で、殆どが川の中だ。
 どうしたものかと考えていると、これまで全く動かなかったレッドフロッグが、俺達が居るほうに身体の向きを変える。
 すると、ゲロゲログヮグヮと十数匹のポイズンフロッグが鳴きながら、こっちに向かって来た!

「お兄さん。この蛙、吹き飛ばしても良い? 川の中で止まっているだけなら平気だったけど、こっちに向かって一斉に飛び跳ねて来ると、気持ち悪いよー」
「……って、俺が返事をする前に竜巻を起こしてるし」

 だが、セシルがポイズンフロッグを吹き飛ばしても、すぐさま現れる。
 しかも厄介な事に、ポイズンフロッグの群れは俺達に向かわせるくせに、レッドフロッグはその場から動こうとしない。
 部下に任せて、自分は指示するだけ……って、待てよ。それって、今の俺も同じじゃないか?
 セシルに頑張ってもらって、俺は何もしていない。
 俺に攻撃手段が無いから? 無力だから? だからって、本当にそれで良いのか!?
 俺が出来る事。俺にしか出来ない事。何かあるだろ? 考えるんだっ!
 セシルが竜巻でポイズンフロッグを吹き飛ばしては、レッドフロッグが新たな眷属を呼ぶという光景が繰り返される中で、頭をフル回転させて考えた結果、

「セシル! ごめん、少しだけこのまま耐えていて!」

 俺は扉を開けっ放しにしていたクリニックへ駆け込んだ。