ララさんと共に、グレーグンの街の水源――ラーク川の上流に向かって出発する事になった。
 なったのだが、

「皆さん。馬には乗れますか?」

 街の門の近くでララさんから出た質問で、全員の足が止まる。

「俺は乗ったが無いかな」
「ボクは馬車なら乗った事があるよー」
「私は乗った事はありますけど……あまり得意ではないです」

 セシル。馬車なら俺だって乗った事があるからね? 座っているだけだし。
 もちろん御者は出来ないけどさ。

「なるほど。では、馬を二頭用意しましょう。どこまで川を上れば良いか分かりませんが、徒歩では陽が暮れてしまいます」
「それって、私がセシルさんかリュージさんのどちらかを乗せるって事ですよね? 正直言って自分が乗るので精一杯で、一緒に乗っている人を気遣う余裕はありませんが……」
「だったら俺がアーニャに乗せてもらうよ。万一落ちて、セシルに怪我をさせる訳にはいかないからね」

 俺なら倉魔法でバイタル・ポーションをすぐに取り出せるし、落ちたとしても頭を打ったりしなければ、まぁ大丈夫だろう。

「馬車はダメなのかな?」
「セシル様。街道を通る訳ではないので、少々無理があるかと」
「そっかー」

 残念そうな表情を浮かべるセシルがチラチラとこっちを見てくる。
 これはもしかして、馬が怖いという事だろうか。

「大丈夫だよ、セシル。馬は怖くないよ」
「え? お兄さん。ボク、別に馬は怖くないよ?」
「あれ? じゃあ、俺の気のせいか。ごめん、気にしないで」

 さっきのは何だったのだろうかと思いながらも、手配してくれた馬にララさんとセシルが乗り、俺もアーニャが乗った馬に……

「リュージさん。未だです! 未だ乗らないでください!」

 乗れるだろうか。
 ララさんとセシルを乗せた馬は静かに待っているが、アーニャを乗せた馬はグルグルと周囲を歩いている。
 暴れ馬? いや、そんな感じはしないな。
 珍しく必死の表情を浮かべるアーニャを暫く眺めていると、どうにか俺の前で馬が止まる。

「リュージさん、今です! 早く乗ってくださいっ!」
「今!?」
「そうです。今ですっ!」

 差し出されたアーニャの手を取ると、思っていた以上に強い力で引っ張り上げられ、

「アーニャ!? もう動くの!?」
「しっかり掴まってくださいっ!」
「掴まるって、どこに!?」
「……では私の腰にっ! 早くっ! は、走りますよっ!」

 飛ばしすぎではないだろうか。
 アーニャが馬を唐突に走らせ……というか、馬が勝手に走っている!?

「アーニャ! 早過ぎない!?」
「それは馬に言ってくださいっ!」
「えっ!? コントロールしてよっ!」
「どうやってですかっ!?」
「マジかぁぁぁっ!」

 頭を打たなければ大丈夫だと思っていたけど、当初想像していたのと速度が違う!
 異世界だから? 見た目は普通の馬なのに、めちゃくちゃ速いんだけどっ!

「リュージさん……」
「どうしたの?」
「腰にしがみついても良いとは言いましたが、うなじに息を吹きかけるのはちょっと……」
「そんな事してないからっ! というか、ララさんから離れすぎてない!?」
「あ、そっちじゃないって叫んでますね」
「方向転換してぇぇぇっ!」

 俺が叫ぶと、方向は変えてくれたんだけど、速度はそのままな訳で。

「アーニャさん。そのまま真っ直ぐ進んでください」
「分かりましたー」
「むー! お兄さん、猫のお姉さんにくっつき過……」

 セシルが何か言っていたけれど、アーニャが相変わらずの爆速でララさんたちを追い抜いてしまい、最後まで聞き取れなかった。

「リュージさん。川がありましたよ」
「じゃあ速度を落として魔物が居ないか確認しながら……」
「ですから、速度の落とし方が分からないんですってば」
「嘘ぉぉぉーっ!」

 うん、無理!
 馬に乗りながら魔物を探すのは諦めよう。
 アーニャに全力で抱きつき、ギュっと目を閉じる。
 どれくらい時間が経ったかは分からないけど、突然馬が止まった。

「どうしたの?」
「これ以上は進めそうにないので止まりました」

 良かった。速度を緩める事は出来ないけど、止まる事は出来るんだね。

「え? リュージさん? リュージさんっ!?」

 爆速による恐怖のせいなのか、それとも乗り物酔いなのか。
 馬から降りた途端に、俺は気を失ってしまった。