セシルが魔法で野犬の群れを吹き飛ばしてから、どういう訳か魔物と頻繁に遭遇するようになった。

「お兄さん。ゴブリンは毒を使うから、ボクの後ろに隠れてね」
「お兄さん。あの大烏には気を付けて。上空から顔を狙って来るから」
「お兄さん。あの芋虫には近づいちゃダメだよ。動きは遅いけど、人も食べちゃうくらい程に貪欲だから」

 というか、現れ過ぎじゃない?
 基本的にセシルが全部一撃で吹き飛ばし、それに堪えた奴はアーニャが蹴り飛ばす。

「リュージさん。お怪我はありませんか?」
「二人のおかげでかすり傷一つないよ」
「それは良かったです」

 ……うん、そうだよ。このファンタジー的イベントが起きた時、俺は全く役に立たない。
 俺は元々普通のサラリーマンだし、異世界転移で得たスキルは実家を呼び出したり、お医者さんごっこしたり……自覚してるけど、戦闘系スキルは皆無なんだよ。

「お兄さん。そろそろ日が落ちちゃうし、今日はここでお終いにする? それとも、もう少し頑張る?」
「いや、ここまでで良いよ。さっきから色んな魔物に襲われてばかりだしさ」
「確かに遭遇し過ぎだったねー。もしかしたら、地震で崩れた所にダンジョンとかがあったのかもしれないね」

 出た、ダンジョン!
 ファンタジーのダンジョンと言えば、マッパーやシーフが活躍する古典的なダンジョンと、入る度に形を変えたり、ダンジョンの中で魔物を生み出したりするタイプがあるけど、この世界はどっちなのだろうか。
 城魔法で家を出し、いつも通りに夕食の準備を始めてくれるアーニャに感謝しつつ、リビングでラノベを読むセシルに声を掛けてみた。

「セシル。今日魔物を倒していた魔法って黒魔法?」
「違うよー。黒魔法は人間が作った魔法で、ボクが使うのは精霊魔法だから」
「精霊魔法……っていうと、サラマンダーとかウンディーネとかって奴?」
「よく知っているね。その通りだよー。ボクは火と闇の精霊は使えないけど、それ以外の精霊は皆使えるんだよー」

 凄いな。精霊って言えば、火と水と風と土のイメージがあるけど、セシルが闇の精霊って言ったから、おそらく光の精霊とかも居るのだろう。
 つまり、少なく見積もっても四種類の精霊魔法をセシルは使えるのか。
 今日は風の魔法を多用していたけれど、機会があれば見る事もあるだろう。

「セシル。精霊魔法って俺にも使えるのかな?」
「うーん、どうだろー? 精霊魔法を使う人間って聞いた事が無いから、難しいんじゃないかなー?」
「そっかー、残念」

 俺に精霊魔法は使えないのかー。
 今日は本当に何も出来なかったからなー。
 アーニャみたいに魔物と直接対峙出来るとは思えないから、セシルみたいに遠くから魔法で攻撃するのが理想なんだけど……アーニャは黒魔法とか知っているかな?

「アーニャ。少し聞きたい事があるんだけど」
「リュージさん。夕食なら、もう少しで出来るので、待っていてくださいね」
「いや夕食じゃなくて、アーニャと話がしたくてさ」
「……そ、それは夜伽のご相談ですか?」
「夜伽? 夜伽って……違う! そういうのじゃないから!」
「それは、私に魅力が無いから……」
「そういう事じゃないんだってば。それに、アーニャは物凄く可愛いよ!」
「あ、リュージさんは私を口説こうとしているんですね?」

 違う……違うんだ。
 何故かアーニャが嬉しそうにしているのだが……まさか渡した恋愛漫画の影響で、恋に恋焦がれる乙女になっているのか!?

「あのさ。今日、魔物に襲われたのに、俺は何も出来なかっただろ?」
「でもリュージさんは薬師さんですよね? 戦う必要は無いと思うのですが」
「そうだけど、女の子のセシルとアーニャが戦っているのに、男の俺が何もしないっていうのはどうかと思って」
「はぁ……その性別で役割を変えようとするのは理解出来ませんが、そもそもセシルさんが居るので、本当に戦う必要なんて無いと思いますよ?」
「それは、セシルの魔法があるから?」
「はい。エルフの魔法は私の体術なんて比べ物にならないくらい威力がありますし。私も魔法が使えたら、もっと強くなれるのでしょうが……」

 なるほど。この世界では、物理よりも圧倒的に魔法が優位なんだな。
 じゃあ、なおさら黒魔法を修得出来るように頑張ろう。
 とはいえ、アーニャも魔法は使えないみたいしだし、どうしたものやら。

「リュージさん。一先ず夕食にしましょう。ご飯は温かい内に食べていただきたいですし」

 残念ながら俺の悩みが何一つ解決する事なく、夕食とお風呂の時間となった。