夏休みも八月に入り、暑さもピークを迎えていた。

 太陽は遠慮なくガンガン照らしてくるし、それをアスファルトは吸い込んで手放さないし。セミは煩いわ、雨は降らんわ、風もまともに吹きもしない。

 アイスも溶けるし、かき氷も溶けるし。ビックリしたのはプリンまで溶けるってあるのかよ、これじゃ気軽に甘いものも買いに出れやしない。

 とにかく外に出るのが億劫で、俺はデート以外の日をほぼ自室で過ごしていた。

 ダラダラしているだけなら従兄に怒られるので、ちゃんと宿題にも手を付ける。そんな毎日を送っていたら、あれだけあった夏休みの課題が綺麗さっぱり終わってしまった。

 たまにアオさんやきのみさん、南タマキさんが姉の勉強を見に家に来てくれた。

 梨花はなにか、この三人より出来が悪いのか。それに参加してみると、少しは頭が良くなった気もする。

 けれど皆の高校に通うには、もうちょっと頑張らないといけないらしい。じゃあ、よく梨花が入れたな。あれか。芸能人だし、裏口から入れたりするのだろうか。

 そんな軽口を叩いては姉に小突かれて、他の三人が笑顔になる。本当に充実した夏休みだって思った。

「そういえば、ソラく~ん」

 唐突にアオさんが、面白そうなものを見つけたかのような笑みを俺に向ける。

「カノジョ、出来たんだって? どんな子?」

 愉快そうなアオさんの声に、梨花が目を丸くし、きのみさんが笑顔になる。そして南タマキさんが、ゴメンナサイとばかりに両手を合わせていた。

 情報の発信源は、南タマキさんには違いない。けれど何故だか、彼女相手じゃ怒るに怒れない。

 というか南タマキさんの持つ雰囲気って、そういう感情が沸いて来ないんだよな、不思議と。

 それに下手なこと言えば、ほたるさんに雷を落とされそうだし。落とされた経験は無いけれど、あの人は彼女のお母さんみたいなものだし。

 俺は天と付き合い始めたのを、梨花にだけ言っていなかった。別に隠すつもりも無かったけれど、姉にだけは知られたくなかった理由もある。

「ちょっと、何故それをあたしに言わないのよ!」

 こうなるからだ。この後、きっと会わせろとか言ってくる。別に会わせたくない理由なんて無いけれど、改めて彼女を家族に見せるって。何か、ちょっと恥ずかしい。

「今度連れて来なさいよね!」

 連れてきた所で、姉の方が圧倒的に家に居ない確率の方が大きいし。それを言うと、スケジュールくらい確認しなさいと、冷蔵庫のカレンダーを指さした。

 今まで全く意識していなかったけれど、冷蔵庫に貼ってあるカレンダーに書かれていたのは、梨花の予定だったのか。そもそも俺は火が怖いから、台所にあまり近づかないんだ。それに暑いし。

「それでそれで、どんな子なの?」

 口角を上げたまま、アオさんが筆箱を俺の口元に近づけた。マイクの代わりなのかもしれないけれど、記者会見のつもりなんだろうか。

 さて、どんな子って聞かれると、一言で説明するのはむつかしい。

 ここに居るのがクロときのみさんだけならば、ボルドシエルって言えばいいだけの話だ。けれど、今は無関係の三人が居る。

 アオさんは無関係じゃないかもしれないけれど、真相は不明だし。南タマキさんは、ある意味関係者だけれど、ヴァネットシドルは関係ない。

「同じ、そらって名前なんだよね?」

 きのみさんが楽しそうに言うと、何故かアオさんが嬉しそうな顔になる。

「きゃーっ、運命的ぃ!」

 そうだ。俺と天は、前世からの運命で結ばれた同士。でもアオさんにも、そんな相手が居るかもしれないんだ。

 なんてことが、言える訳がない。というか個人的には、クロはきのみさんとくっ付いて欲しいと思っている。けれど従兄の恋愛沙汰に茶々を入れられる程、経験値を持っているわけが無かった。

「あ、もしかして、前に一緒に居た子?」

 アオさんの問いに、俺は小さく頷いた。恐らく彼女が言っているのは、天と付き合う前にクロと会わせた時の話だろう。あの後、クロ達が前世を暴露するためにアオさんを省いたけれど、ちゃんと覚えてはいてくれたのか。

「え、アオちゃん会ったことあんの?」と梨花が口を尖らせる。

「うん。かーいらしい子やった」

 無意識に地元の言葉が出てしまったからか、アオさんは口を噤んで顔を赤くした。うむ、これに至っては、アオさんのが可愛いって思われても仕方ない。

「ソラと付き合えるってだけで、絶対いい子に決まってるしね」

 天を褒めてるのか、俺を貶めてるのか分からない発言だった。南タマキさんが居なければ、また梨花にクッションを投げつけるところだった。

「それで、どんな子なの?」

 再びアオさんが、輝かせた瞳をこちらに向けた。いい子だし、可愛いけれど。彼女の魅力って、そんな簡単な言葉にしてしまっていいものなのだろうか。そう例えば、何かに例えるとすれば一つしか無かった。

「同じ、ソラでも……青いんですよ」

 きのみさんを除いた三人が、俺の言葉で目を点にする。

「俺が黒なんですよ、宇宙だから。太陽も雲も無くって……。でも、天はそんな俺の黒すらも飲み込み、青くしてしまうような感じですね」

 きのみだけさんは前世の話を知っているからか、俺の説明にうんうんと頷いていた。

 けれど、やっぱり三人とも、その辺りは分からないのだろう。ぽかりと口を開けて、目を丸くするだけだった。きのみさんの手作りの鳩の形のサブレは、バターたっぷりの風味が利いて、かなり美味しかった。