二、『暖簾の奥の百合の花』

あの煙草のようなものを捨ててから数日が経ちました。私は、嫌悪感と焦燥感に駆り立てられ、またあの通りの薬屋に来てしまっていました。店の外からでも、煤けた匂いや漢方の独特な香り、陳皮の皮の匂い。全てが混ざりあって、とても不快な匂いが鼻につく。心底気持ちが悪くなるのを堪えて、私は暖簾をくぐりました。

「もしもし、この前は大変迷惑をかけました。ところで、お婆さん、あの時私にくれた薬はまだ置いてますか」

「お前さん、生きてたのかい。あたしゃ、てっきり死んだかと思っていたよ」

「確かに死にたいとは思っておりました。しかし、死にきれなかったのです。一人の女性さえも愛しきれなかった罪深い私を、仏様はまだ生かしておく心算の様です」

「死ぬ手助けをしてやろうと思ってあの薬を渡した心算だったんだがね。どうせろくに吸いもせずに捨てたんじゃないか」

「恥ずかしい限りで。今になって捨てたのを悔やみ始めました。あの薬があれば、押し寄せてくる幸せな気持ちの中で死ねたんじゃなかろうかと思っている始末です」

「そんないいもんじゃないさね。あれは麻の葉だよ。痛みが消えたりするかわりに、頭がおかしくなったり、息ができなくなったりする様な碌でもない代物さ」

「そんな恐ろしい薬と知っても、まだあの煙が欲しいと思う私は既に壊れてしまっているのでしょうか」

「あぁ……もう駄目みたいだね。仕方ないね。ちょっとの間待ってなさい」

「恩に着ます」

そう言って、薬屋のお婆さんはもうひとつ奥の暖簾の奥に消えてゆきました。そして、暗がりの廊下、百合の花が飾られた箪笥の引き出しのひとつから、見覚えのある煤けた箱を取り出して戻ってきました。

「お前さんが欲しいのはこれだろう。薬代は前と同じだよ。燐寸は持っているのかい。無ければそこの棚から持っていきな」

「ありがとうございます」

矢継ぎ早にまくし立てるお婆さんをお礼の言葉で遮って、薬と燐寸を持って暖簾をくぐった。あの日と同じ、少し誇りを被った小さな箱が手におさまっていた。それだけで私は、幸福を感じていました。自分が壊れることなどどうでもいいと思いながらその箱を開け、燐寸を擦りました。紫煙がのぼり、喉を通る煙が私を咽せさせました。しかし、それから少し後、えも言われぬ幸福感が心の奥底から湧き上がってきたのです。傷の痛みが消え、あの破れた想いさえ、忘れられる様な気分になりました。
その薬を咥え、吹かしながら通りを歩いていると、男が二人、喧嘩をしていました。心底くだらない、と思いました。薄汚い罵声を尻目に、私はまたも祇園の通りに向かって歩いていました。意味も無くただ道のある所を歩いてきたつもりでしたが、どうもあの女性との記憶はこの薬では消えてゆかない様でした。頭の片隅にこびりついて離れない何かが、私を祇園の通りに縛り付けているのでしょう。どうも私は、自分が思っているよりも未練がましい男の様です