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 年季の入った丸テーブルを囲んで、私たち三人は向かい合って座った。

 今日はまもりさんに代わって、長身の彼――流星さんがお茶を淹れてくれた。

「まもりの紅茶なんて飲めたもんじゃねーからな」

 冗談なのかそうでないのかわからない声色で言う流星さん。
 に対し、まもりさんは特に気にした様子もなく隣で静かに微笑んでいる。

 テーブルの上には氷の入ったグラスが並べられていた。
 そこへ流星さんがガラス製のティーポットからお茶を注いでくれる。

 一体何のお茶だろう?
 見た目は麦茶のようにも見えるけれど、ほのかに甘い香りが漂ってくる。

 私がまじまじと見つめていると、流星さんはそれに気づいたのか、

「ピーチティだよ。うちの店から持って来たんだ」
「うちの、店?」

 おうむ返しに聞くと、彼は一瞬だけ面倒くさそうな顔をして、

「親の店を手伝ってんだよ。古くて汚ねー所だけど、味はまあまあだから心配すんな」

 別に味の心配をしていたわけではないのだけれど、考えてみれば彼は『あの』まもりさんと付き合いのある人なのだ。
 仲の良い友人同士というのは趣味が似ている場合もある。
 したがって、彼らの味覚が似ている可能性もなくはない。

 私はまもりさんの作る壮絶な味を思い出しながら、

「い、いただきます……」

 と、緊張まじりにグラスへ口を付けた。

 すると、

「……あれ。おいしい?」
「なんで疑問形なんだよ」

 じろりと恐い目で睨まれながらも、私は続けて二口、三口と口へ運んだ。
 あっさりとした酸味が口いっぱいに広がって、ほうっと溜息を吐く。

 そんな私の反応に、流星さんはすでに興味を失っているようで、視線はまもりさんの方へと移っていた。

「で、お前らは今どういう関係なんだ? 付き合ってんのか?」
「!?」

 唐突すぎる質問に、私はピーチティを噴き出した。

「い、いきなり何を言い出すんですか!」

 思わず立ち上がって叫んだ。

 流星さんは恐い顔のまま、睨むような視線をこちらに向ける。

「とぼけんな。こんな荒屋(あばらや)に、何の意味もなく女子高生が一人で来るはずねーだろ」
「そ、それは……」

 言われてみれば確かにそうだ。

 何か特別な理由でもない限り、こんな薄暗い森の中にあるボロボロの洋館に足を踏み入れることなどそうあることではない。
 この場所へ来るには、何かそれなりの理由がいる。
 流星さんのように勘繰ってしまうのも無理はない。
 私が流星さんに対してそう思ったように。

「お前、絵馬とかいったな。お前はまもりのことが好きなのか?」
「すっ……!?」

 遠慮の「え」の字もない流星さんは、そんな下世話な質問もぐいぐいくる。

 そりゃあ、まもりさんは綺麗で優しくて……とても素敵な人だと思う。
 一緒にいると落ち着くし、家事ができないところも意外性があって可愛いと思うし――

(って、私……まもりさんのことが結構好きなのかな……?)

 改めて意識した途端、顔が熱くなった。

 と、そこで、

「!」

 ハッとあることに気づく。

(まさか……)

 なぜ流星さんがそこまで私たち二人の仲を疑うのか。

 なぜ私にその気があると勘繰るのか。

 それはもしかすると、彼がまもりさんのことを好きだからではないのか……?

 家族や友人としての『好き』ではなくて、本気の意味での『好き』――つまりは恋愛感情を抱いているということ。
 それが事実なら、まもりさんの『待っている相手』というのが流星さんであることにも頷ける。

 彼らは実はそういう関係で……えっと、つまりは恋仲?

(いや。でも、二人とも男の人だし……。あ、でも、最近はそう珍しくもないんだっけ?)

 頭の中がぐるぐるとして、パンクしそうになる。

「絵馬ちゃん、大丈夫?」

 まもりさんが隣から心配してくれる。

「だ、大丈夫、です……たぶん」

 頭はまだ混乱しているけれど、このまま黙っているわけにもいかない。
 私は流星さんの質問に答えるべく、改めて彼の険しい顔に向き直る。

 彼からの質問――すなわち、私はまもりさんのことが好きなのか?

「そ、その。まもりさんのことは、とても尊敬しています。すごく優しくて、あたたかくて、包み込んでくれる人っていうか……」
「おう。だから、好きなのかって聞いてんだ」

 苛立ちを含んだ眼光で迫られ、私は慌てて答える。

「す、好きは好きですよ!」

 ついそんな告白まがいの言葉を口にしてしまって、私はさらに慌てて付け加えた。

「あっ、好きっていうのはそういう意味じゃなくて、えっと、普通に人としての好きっていうかっ……。間違っても、お二人の仲を邪魔するような感情ではありませんから!」
「はあ?」

 あ、いま余計なことを言ったかも――なんて考えているうちに、流星さんはその整った顔を斜めに歪ませて、

「お前、何か勘違いしてねーか?」
「へ?」

 勘違い。

 何のことだかわからず、私は無意識のうちにまもりさんの方へ縋るような視線を向けていた。

 すると彼は、私の心中を汲み取ったかのように穏やかな微笑を浮かべて言った。

「流星は僕の従兄弟(いとこ)だよ。昔から仲は良いけれど、変な意味じゃないから誤解しないでね」
「え?」

(従兄弟……?)

 思わぬ返答に、私は拍子抜けする。

「え。従兄弟って、あの……親戚同士ってことですか? じゃあ、まもりさんの待っている人っていうのは、流星さんのことじゃなかったんですか?」

 そんな私の反応を見て、まもりさんは少しだけ驚いたような顔をしていたけれど、すぐにいつもの穏やかな笑顔に戻り、

「僕がわざわざ待っていなくても、流星は勝手にやってくるよ。こう見えて彼はおせっかいだからね。僕の代わりに、掃除や洗濯をしにここまで来てくれるんだ」
「なんだよ。嫌ならもう来てやんねーぞ」

 相変わらず恐い声で言う流星さん。
 けれど、本気で怒っているわけではないということが私にも段々とわかってきた。
 彼の言葉の端々には、確かな思いやりの心が窺える。

 彼はまもりさんのことを大事にしている。
 けれどそれは恋愛的なものではなくて、あくまでも家族や友人に向けるような愛情からくるもののようだ。

(な、なんだ……よかった)

 思わずホッとする。

 って、なんで私がホッとする必要があるんだろう?





       〇





 それからまもりさんは、流星さんについて色んなことを教えてくれた。

 流星さんとは昔から仲が良かったこと。
 家はここから少し遠いこと。
 ご両親のお店は海水浴場にある海の家であること。
 そこで食べる焼きそばが格別に美味しいこと。
 などなど。

 まもりさんが話している間、流星さんはほとんど口を開かなかった。
 ぶすっとした表情のまま、部屋のあちこちを不満そうに眺めている。

 そうして時折、私の持ってきた高校のカバンに目を留める。

 一体何を見ているのだろう――と私も釣られて目をやると、そこに見えたのは例のストラップだった。
 いのりちゃんからもらった、テディベアのストラップ。

 流星さんの恐い顔からはイメージしにくいけれど、意外とこういう可愛いものが好きだったりするんだろうか?
 ……なんて言ったら怒られそうなので、口にはしないけれど。





 そのうち、時計の針は十九時を回った。
 辺りは段々と暗くなって、テーブルにはキャンドルの火が灯される。

 そろそろ帰らなければ、と私が席を立つと、

「俺が送る。車を出すからちょっと待ってろ」

 と、まさかの流星さんが言った。

「え。送る……?」
「なんだよ。嫌なのか?」

 じろりと睨まれて、私は慌てて頭を振る。

「僕も一緒に行くよ」

 まもりさんが腰を上げながら言った。

 その声に私はホッと胸を撫で下ろす。
 送ってくれるのはありがたいのだけれど、さすがに流星さんと二人きりで車に乗るのはちょっと緊張する。

 しかし、

「お前は店番してろ。閉店まではまだ時間があるんだろ」

 そう流星さんが言って、まもりさんは苦笑した。

 そういえば、お店が閉まるのは確か二十時だったはず。
 あまりにもお客さんが入って来ないので忘れそうになるけれど、ここはただの家ではなく、立派なカフェなのだ。
 私のために営業時間を短縮させるわけにはいかない。

 けれどまもりさんは、

「ちょっとくらい早めに閉めたって大丈夫だよ。どうせ開けていても、お客さんが来る可能性は限りなくゼロに近いからね」

 そう、当たり前のことのように言う。

「だめだ。閉店時間まではここにいろ」

 有無を言わさぬ声で流星さんが制する。
 そして、

「まだ、『待ってる』んだろ?」

 何かを含んだような声で、そう付け足した。

 途端、まもりさんの穏やかな表情がわずかに強張ったように、私の目には映った。