お願い、私を見つけないで 〜誰がお前を孕ませた?/何故君は僕から逃げた?〜

Side朝陽

こんなこと、言いたくない。
認めたくない。
心のどこかで……本当は感じていたことがあったけれど、俺はそれを見ないように、ずっと蓋をしていた。

「あいつは……生まれた時からずっと……側にいた……」
「……ああ……」

一路は、俺の腕の中で、ほんの少し落ち着いてくれたのか、小さく頷いた。
俺が、一路を抱きしめているというこの状態を、藤岡がもし見たとしたら

「え!BL!?ちょ、写真撮らせろ」

とか言うかもしれないな……。
藤岡がいなくて良かったのかどうか……。
それで言うなら……。

「凪波は……こんな俺たちの姿を見たら、どう思ったんだろう?」
「……は……?」

一路が、意味がわからないとでも言いたげな反応をする。
まあ、そりゃそうだな。

「さっき一緒にいたやつ、いたろ。あいつが、藤岡実鳥」
「……ああ……彼女が……」
「……お前、あいつとSNSやり取りしたんだから、藤岡の事、知ってるんだろ?」
「……何のことだ」
「今更とぼけんなよ。インスタでコンタクト取ったの、もう俺たち分かってんだよ」

俺の、この言葉に一路は無反応だった。
代わりに、一路はこう言った。

「実鳥は……彼女のことだったのか……」
「え?」
「凪波から、実鳥という名前の幼馴染がいることは聞いていた……。彼女がいなければ、声優なんてなろうとも思わなかったと……」
「…………そうか」

俺のことは聞いたのか?
そんなことを聞いてどうするんだ、とすぐに打ち消したが、俺は知りたかった。
他人に話すほど、俺は凪波の中に存在していたのか……知りたかった。
けど同時に、知りたくもなかった。

「一路……お前……俺に聞いたよな……。凪波はどんなやつだったかって」
「ああ……」
「俺にそれを聞いて……どうしたいんだ……?」
「……分からない……」
「そうか……」

分からない。
それが一路の本音なのは、疑う必要もない。
きっと、その気持ちがリアルにわかるのは、今日この瞬間だけは、世界で俺だけだと思う。

「俺も……分からない……」

ずっと小さい頃から側にいたはずのあいつが。
ずっと見てきたはずのあいつが。
畑野凪波という名前で存在しているはずのあいつが。

本当はどんなやつで、どんなことを考えていて……俺のことをどう思っているのかなんて……言葉で表現することができない。

俺は、一体どんな凪波を知っていて、どんな凪波を好きだと、言っていたのだろう。
そんなことに、こいつのせいで気付かされたことが……苦しい。
Side朔夜

君にとって僕こそが、唯一の男であるべきだ。

何度、願っただろう。
君はいつもこう言った。

「あなたが向き合うべきなのは、大勢の女性ファン!私は二の次で良いから」

いつもいつも、僕に言い聞かせるように、繰り返したよね。
僕が、例え声という間接的な手法とは言え……君以外の女を喜ばせるなんて……気持ち悪かったよ。
それでも君は、他の女に向き合えと、僕の背中を叩き続けたよね。

でもね、凪波。
僕は、君とだけ向き合って生きていければ、ずっと幸せになれたはず……だったんだよ。

ねえ……凪波?
君は、僕の背中を叩いていたその時だけは、僕を見てくれていたよね。
だけど、どうして?
僕が、君を見つめるようとすると、君はいつから逃げようとしていたの?

凪波がするりと僕の背中から消えてしまってから、そんなことに気づいてしまうなんて、今更だ……。

いっそ。
僕と凪波の2人だけの世界で生きていきたいという願いを、無理にでも叶えていれば……僕は君を失わずに済んだの?

どうすれば、良かった……?Side朔夜

君にとって僕こそが、唯一の男であるべきだ。

何度、願っただろう。
君はいつもこう言った。

「あなたが向き合うべきなのは、大勢の女性ファン!私は二の次で良いから」

いつもいつも、僕に言い聞かせるように、繰り返したよね。
僕が、例え声という間接的な手法とは言え……君以外の女を喜ばせるなんて……気持ち悪かったよ。
それでも君は、他の女に向き合えと、僕の背中を叩き続けたよね。

でもね、凪波。
僕は、君とだけ向き合って生きていければ、ずっと幸せになれたはず……だったんだよ。

ねえ……凪波?
君は、僕の背中を叩いていたその時だけは、僕を見てくれていたよね。
だけど、どうして?
僕が、君を見つめるようとすると、君はいつから逃げようとしていたの?

凪波がするりと僕の背中から消えてしまってから、そんなことに気づいてしまうなんて、今更だ……。

いっそ。
僕と凪波の2人だけの世界で生きていきたいという願いを、無理にでも叶えていれば……僕は君を失わずに済んだの?

どうすれば、良かった……?
Side朔夜

1年ほど前のこと。
幼馴染の恋愛がテーマのアニメを演じた。
その時、僕は主役で、幼馴染をずっと想い続けるという話だ。

僕が演じた彼は、20年以上、幼馴染を想い続けていた。
例え、その間に幼馴染が別の恋人を作ったとしても、不器用なまでに幼馴染だけを思い続けるという話。

そもそも、幼馴染とはどういうものなのか……。
僕は、そんな存在を知らなかった。
なので、役作りの時にとても困ってしまった。
知らないから、理解できないから。

「どうしたの?」

家で悩んでいると、いつものように凪波が話しかけてきた。
僕が台本を見せると、凪波は少しだけ困った風な様子で考えてから、口を開いた。

「私の幼馴染は……」

という出だしだった。
彼女が過去のことを話したのは、思えば……この時が最初だった。

「自分という人間を語る上で外せない存在である」
「側にいるのは当たり前すぎて、大切さに気づかなかった」
「失って初めて、その人の存在の偉大さに気づいた」

そんな内容だった。
彼女がこの時話した内容が、役作りをする上でとても重要な要素になったのだが……僕はこの時、幼馴染の性別は特に気にしなかった。
女だろう、と勝手に思い込むようにしていた。

僕の中で、凪波の幼馴染という存在に対して感情が芽生えたのが……まさに、彼女が僕の前から、さっと消えてしまった後。
彼女の居場所を求めて情報を集めていた時に見つけたのが、海原朝陽という名前。

人当たりが良い。
犬のよう。
騙されやすそう。
馬鹿な話しかしてこない。
ウザイと思う事もあった。
だけど、いざ離れるとやっぱり寂しい。

そんな風に凪波が語っていた幼馴染の像と、海原朝陽がリンクしてしまう。
僕は凪波の中に潜む僕以外の男の影に、ひどく嫉妬する。
僕以外の男に恋愛感情を持ったことがなかったと、凪波は言ってくれていたけれど。
僕にとっては、僕以外の男に何らかの感情を持つということそのものが、許せなかった。

だけど。
今こうして、海原朝陽に自分の弱さをさらけ出してしまう。
この世界で最も、負けたくないと思っていたはずの人間に、僕は自分が持つ全てのプライドをかなぐり捨てて、縋りついた。

それはきっと。
凪波が語ったあの幼馴染像を海原朝陽が本当に同一人物であれば、きっと教えてくれるかもしれないと、思ったのかもしれない。
願ったのかもしれない。
僕には決して見せてくれなかった彼女の、悲しみや苦しみといった……負の本音を、こいつなら知っているかもしれない、と。
Side朝陽

「分からない……」

そんな風に嘆いても、仕方がない。
社会人としての経験を経て作られた、俺の頭の片隅ではわかっている。
これまで培った、仕事をこなした記憶が、そのまま立ち止まるのか、と警告を出している。

時間は……1日しかない。
いや違う。
実際はもっと短い。
襲いかかってくる微かな眠気と戦いながら、俺は脳を絞るように考えた。
悠木先生が語った、凪波のことを。

子供を死なせた。

流産のことだろう。
もちろん、地元の病院での診断結果そのものが嘘である可能性はある。
でも、仮に本当だとしよう……。

どうしてそれが、凪波に自殺を決意させることになるんだ?
確かに、流産は辛いことなのかもしれない。
でも、自殺を考えるほど、それは苦しいことなのか?
辛いことなのか?

「お前……凪波の妊娠は、本当に知らなかったのか?」
「……ああ……」
「気づきも、しなかったのか?」
「…………ああ…………」

啜り泣くような声が、一路から漏れる。
分からない。
凪波は……どうして、妊娠したことを一路に言わなかったんだ?
普通、言うだろう?
子供が産まれるって……嬉しいことじゃ、ないのか?
少なくとも、藤岡はそう言っていた。


どうして……子供は死んだんだ……?
死ななくてはいけなかったんだ……?


そう考えた時、思い出した。
ここに来る前に藤岡が語った、ネット掲示板の話を。
Side朝陽

一路朔夜を誑かした悪女を成敗するスレッド。
不穏な空気が漂うタイトルの掲示板。
藤岡に、そういう世界が存在するのだと、つい数時間前に教えてもらったばかり。
内容が内容なだけに、当事者に聞いても良いのか、一瞬だけ悩んだ。
悩んだ……けれども。
時間も、方法も限られているからこそ……ここで躊躇っている場合では、きっとないのかもしれない。

「1つ、聞きたいことがある」
「……なんだ……」

先ほどよりは、ほんの少しだけ冷静になったのだろう。
一路の声は落ち着いていた。

「お前と凪波が付き合ってるのって……ファンにバレたことってあるのか?」

一路は首を傾げながら

「そんなこと、今関係ないだろ」
「いや、大ありかもしれねえんだ」

俺は、藤岡に予め転送しておいてもらったURLをクリックし、例のサイトを出してから、一路に画面を見せた。

「これを見てみろ」

一路は、タイトルの文字を見た瞬間に顔を上げて俺の目を見た。
……こいつが、俺の目をちゃんと見たのは、俺の家で話した以来。

「こんなものが……」
「文字通り、お前のファンが……お前の彼女を吊し上げる場所だな」

絶句している一路に対し、俺は改めて尋ねる。

「これ、お前は知っていたのか?」
「いや……ここまでのは……」

ここまで、という言葉が俺の中で引っかかる。

「ということは、別の形では、知ってるということだな」
「……ああ……SNSで少し……噂は流れたが……」
「その時はどうした」
「凪波が……自分で対処した」
「どういうことだ?」
「凪波が……僕のマネージャーだったことは……君の家で話をしたな」

俺は、黙って頷く。
声を出すと、燻っている、今出してはいけない感情が出そうだったから。

「彼女の仕事の1つが……僕に関する悪い噂の火消しだった」
「その時、お前らは……その……」

あまり、口にはしたくない。
俺以外の男のものだった、と言う事実は。
なので、つい口籠ってしまったが

「ああ……恋人だった」

胸にドスっとナイフが刺さったかのような痛みが走った。
でも、俺はその痛みをぐっと堪えた。
聞きたいこと、知りたいことがその先にあるから。

「……つまり……凪波は……自分でそういう投稿を見ていたということか?」
「……かもしれない」
「かもしれない、だと?」

一路の、まるで他人事のような言い回しに、俺は少しイライラし始めていた。Side朝陽

一路朔夜を誑かした悪女を成敗するスレッド。
不穏な空気が漂うタイトルの掲示板。
藤岡に、そういう世界が存在するのだと、つい数時間前に教えてもらったばかり。
内容が内容なだけに、当事者に聞いても良いのか、一瞬だけ悩んだ。
悩んだ……けれども。
時間も、方法も限られているからこそ……ここで躊躇っている場合では、きっとないのかもしれない。

「1つ、聞きたいことがある」
「……なんだ……」

先ほどよりは、ほんの少しだけ冷静になったのだろう。
一路の声は落ち着いていた。

「お前と凪波が付き合ってるのって……ファンにバレたことってあるのか?」

一路は首を傾げながら

「そんなこと、今関係ないだろ」
「いや、大ありかもしれねえんだ」

俺は、藤岡に予め転送しておいてもらったURLをクリックし、例のサイトを出してから、一路に画面を見せた。

「これを見てみろ」

一路は、タイトルの文字を見た瞬間に顔を上げて俺の目を見た。
……こいつが、俺の目をちゃんと見たのは、俺の家で話した以来。

「こんなものが……」
「文字通り、お前のファンが……お前の彼女を吊し上げる場所だな」

絶句している一路に対し、俺は改めて尋ねる。

「これ、お前は知っていたのか?」
「いや……ここまでのは……」

ここまで、という言葉が俺の中で引っかかる。

「ということは、別の形では、知ってるということだな」
「……ああ……SNSで少し……噂は流れたが……」
「その時はどうした」
「凪波が……自分で対処した」
「どういうことだ?」
「凪波が……僕のマネージャーだったことは……君の家で話をしたな」

俺は、黙って頷く。
声を出すと、燻っている、今出してはいけない感情が出そうだったから。

「彼女の仕事の1つが……僕に関する悪い噂の火消しだった」
「その時、お前らは……その……」

あまり、口にはしたくない。
俺以外の男のものだった、と言う事実は。
なので、つい口籠ってしまったが

「ああ……恋人だった」

胸にドスっとナイフが刺さったかのような痛みが走った。
でも、俺はその痛みをぐっと堪えた。
聞きたいこと、知りたいことがその先にあるから。

「……つまり……凪波は……自分でそういう投稿を見ていたということか?」
「……かもしれない」
「かもしれない、だと?」

一路の、まるで他人事のような言い回しに、俺は少しイライラし始めていた。
Side朝陽

「お前……一緒に住んでたんだよな?」
「ああ……」
「だったら、あいつの行動くらい……側にいたんだから、分かるはずだろう」
「それなら聞くが」

一路は俺を睨みつける。
美形は、怒った顔も綺麗なのが、余計にムカつく。

「君は、同居している人間の行動を……逐一把握しているのか?海原」
「……何だと?」
「君には……いるだろう?父や母と呼ばれる存在が」

その言い回しに、少々引っかかった。
呼ばれる存在。
何故、そんな遠回しなことを言ったのだろう。
普通に両親という言葉を使えば済む話ではないだろうか。
とはいえ、こんなところをほじくり返すゆとりはないので

「ああ。いるけど?」

と話を進めるためにわざとスルーした。

「同じ空間で生活している人間同士……家族だったり、恋人は……行動を把握できるものなのか?しなくてはいけないのか?するべきだったのか?」

これは、一路の癖なのだろうか?
精神的に追い詰められた時、相手を攻めるかのように捲し立てるのは。

「待て、おい。聞いてるのはこっちだ」
「すまない……」
「いやまあ……こっちこそ……わりぃ……」

客観的に見れば、俺はきっと悪くないのだろう。
俺は、頭に浮かんだ疑問を、こいつに聞いただけだ。
嫉妬の気持ちをほんの少し含めてしまった声色だったのは認めるが。
でも、ついこいつに釣られて謝ってしまった。
こいつが出す息遣い、声色がそうさせるのか?
それは意図的なのか無意識なのか分からないが、こいつのこの声が、トップ声優になれた1つの要因なのかもしれないと思ってしまった。

「僕は、確かに彼女と暮らしてはいた」
「……ああ」
「必要な時には側にいたし、夜は一緒のベッドで寝ていた」

……その説明は、やっぱりいらない。
あいつを抱いたということを、容易に想像させるから。

「でも」
「……でも?」
「彼女の時間のほとんどは……僕のものじゃなかった……気がする」

一路はそう言うと、また大きく息を吐いた。
腹に溜めていた何かを吐き出してしまうほどの、大きな息。
Side朝陽

「お前……一緒に住んでたんだよな?」
「ああ……」
「だったら、あいつの行動くらい……側にいたんだから、分かるはずだろう」
「それなら聞くが」

一路は俺を睨みつける。
美形は、怒った顔も綺麗なのが、余計にムカつく。

「君は、同居している人間の行動を……逐一把握しているのか?海原」
「……何だと?」
「君には……いるだろう?父や母と呼ばれる存在が」

その言い回しに、少々引っかかった。
呼ばれる存在。
何故、そんな遠回しなことを言ったのだろう。
普通に両親という言葉を使えば済む話ではないだろうか。
とはいえ、こんなところをほじくり返すゆとりはないので

「ああ。いるけど?」

と話を進めるためにわざとスルーした。

「同じ空間で生活している人間同士……家族だったり、恋人は……行動を把握できるものなのか?しなくてはいけないのか?するべきだったのか?」

これは、一路の癖なのだろうか?
精神的に追い詰められた時、相手を攻めるかのように捲し立てるのは。

「待て、おい。聞いてるのはこっちだ」
「すまない……」
「いやまあ……こっちこそ……わりぃ……」

客観的に見れば、俺はきっと悪くないのだろう。
俺は、頭に浮かんだ疑問を、こいつに聞いただけだ。
嫉妬の気持ちをほんの少し含めてしまった声色だったのは認めるが。
でも、ついこいつに釣られて謝ってしまった。
こいつが出す息遣い、声色がそうさせるのか?
それは意図的なのか無意識なのか分からないが、こいつのこの声が、トップ声優になれた1つの要因なのかもしれないと思ってしまった。

「僕は、確かに彼女と暮らしてはいた」
「……ああ」
「必要な時には側にいたし、夜は一緒のベッドで寝ていた」

……その説明は、やっぱりいらない。
あいつを抱いたということを、容易に想像させるから。

「でも」
「……でも?」
「彼女の時間のほとんどは……僕のものじゃなかった……気がする」

一路はそう言うと、また大きく息を吐いた。
腹に溜めていた何かを吐き出してしまうほどの、大きな息。
Side朔夜

毎日、凪波を抱きたい。
これが、凪波に同棲を持ちかけた理由。
シンプルな欲望ではあるが、これだけで充分だと思っていた。
他人と暮らすこと自体は、孤児院時代に慣れてはいた。
違うのは、あの頃はできれば関わりたくないと思っていた人間たちとの共同生活だったが、凪波はまさに片時も離れたくない、初めての存在だった。
だから、陳腐なセリフをあえて使うとすれば、薔薇色の日常が待っていると思っていた。

ところが、実際は違った。
まず、立場が違う。
一緒に暮らし始めた最初の方はまだ良かった。
凪波は、僕の専属マネージャーとして働いていたから、ほとんどの現場は凪波も一緒に行動していた。
勿論、外では決して恋人感は出さないという条件だったから、恋人でいられたのは1日の内、睡眠時間を差し引いたら3時間もなかったかもしれない。

でも、それでも充分すぎる程幸せだった。
凪波の息遣いを感じたし、彼女が何を見ているのか逐一見つめることができたから。

それが、ある日突然変わってしまった。
きっかけは、彼女が僕のマネージャーを辞めてしまってから。
Side朔夜

それからしばらくは、うまくやれていた。
まだ今みたいに、僕目当てで週刊誌の記者も張り付いていたわけではなかったから。

外では恋人として振る舞わない。

僕は、凪波から恋人になる条件として出されたことを徹底して守る努力をしていた。
何度も凪波を目で追いたくなった時も、必死で耐えた。
だから、絶対大丈夫だと疑わなかった。

ところが。
事務所に持たされているという、凪波の社用携帯の着信音が夜中の3時に鳴り響いた日から、僕たちの日常がおかしくなった。

要件は仕事前に事務所に僕を連れてくるように、ということだったと、電話が終わった後凪波は言った。
急いで着替えるようにと、凪波は僕に言った。
それは。恋人としてのお願いではなく、マネージャーとしての指示だった。

その日はアフレコが朝から入っていたので、スタジオ入りは9時。
今は凪波がいるからしなくなったが、付き合う前は台本を仕事の合間に事務所に取りに行くこともあった。
なので僕は凪波に

「朝一の収録終わってからでいいんじゃないの?」

と凪波に抱き着きながら聞いた。
だけど、凪波は僕の体を無理やり引き剥がしてから

「緊急事態だから。すぐに用意して」

と、クローゼットから僕のアフレコの時用の衣装を取り出して、僕に投げつけた。

「何するんだ」
「遊んでる暇、ないから」

そう言った凪波の表情は、何かに怒っているのか、それとも怯えているのか分からなかった。
只事ではない、ということだけは何となく感じた。

その答えは、朝5時過ぎに事務所についてすぐ、社長に連れて行かれた会議室で分かった。

「これは、一体どういうことなの?」

手渡された紙を見て、僕は驚きを隠せなかった。
そこに書かれていたのは、これだったから。


【一路朔夜に彼女発覚!?】Side朔夜

それからしばらくは、うまくやれていた。
まだ今みたいに、僕目当てで週刊誌の記者も張り付いていたわけではなかったから。

外では恋人として振る舞わない。

僕は、凪波から恋人になる条件として出されたことを徹底して守る努力をしていた。
何度も凪波を目で追いたくなった時も、必死で耐えた。
だから、絶対大丈夫だと疑わなかった。

ところが。
事務所に持たされているという、凪波の社用携帯の着信音が夜中の3時に鳴り響いた日から、僕たちの日常がおかしくなった。

要件は仕事前に事務所に僕を連れてくるように、ということだったと、電話が終わった後凪波は言った。
急いで着替えるようにと、凪波は僕に言った。
それは。恋人としてのお願いではなく、マネージャーとしての指示だった。

その日はアフレコが朝から入っていたので、スタジオ入りは9時。
今は凪波がいるからしなくなったが、付き合う前は台本を仕事の合間に事務所に取りに行くこともあった。
なので僕は凪波に

「朝一の収録終わってからでいいんじゃないの?」

と凪波に抱き着きながら聞いた。
だけど、凪波は僕の体を無理やり引き剥がしてから

「緊急事態だから。すぐに用意して」

と、クローゼットから僕のアフレコの時用の衣装を取り出して、僕に投げつけた。

「何するんだ」
「遊んでる暇、ないから」

そう言った凪波の表情は、何かに怒っているのか、それとも怯えているのか分からなかった。
只事ではない、ということだけは何となく感じた。

その答えは、朝5時過ぎに事務所についてすぐ、社長に連れて行かれた会議室で分かった。

「これは、一体どういうことなの?」

手渡された紙を見て、僕は驚きを隠せなかった。
そこに書かれていたのは、これだったから。


【一路朔夜に彼女発覚!?】
Side朔夜

僕を責めるこの女こそ、僕をあの地獄から救い出してくれた当時のマネージャー。
実は事務所の社長でもあったということは……後で知った。

「畑野」
「はい……」

矛先は僕ではなく、僕の横に座っている凪波に向けられた。

「あなたがついていながら、どうしてこんなことになったの?」
「申し訳ございません……」

凪波が、深々と頭を下げた。
凪波の表情は、髪に隠れて僕からは見えなかった。

「はぁ……。あれだけ、一路の女スキャンダルには気をつけてくれと言ったじゃない」

ん?
どういうことだ?

「申し訳ございません」

凪波は、ただひたすら社長に向かって謝るだけ。

「あの……僕のスキャンダルに気をつけろって、一体……」

僕の質問に、社長は目を丸くした。

「畑野……もしかしてあなた、何も言ってないの?」
「余計なことを耳に入れない方が、仕事に集中してもらえるかと思いましたので」
「だからって……タレントに自覚をさせるのも、マネージャーとしてのあなたの仕事だと説明したはずでしょう!?」
「……申し訳ございません……」
「全く……せっかく専属までつけて一路の私生活を徹底的に管理させたのに……結局水の泡じゃない……」

どんどん2人の間で話が進んでいく。
そして目の前で繰り広げられてるのは、凪波への社長からの攻撃。

「あなたがちっとも役者として目が出ない中で、ここまで世話してあげたのに……こんな形でしか返してくれないわけ?見損なったわ」
「申し訳ございません」
「……あなた、さっきから申し訳ございませんしか言ってないけど……それしか言うことがないの?」
「申し訳……ございません……」

社長は、凪波の顔を覗き込みながら

「あなた、口先だけの演技のテクニックだけは持ってるから、本当に感情があるか分からないのよね」

と言いながら、凪波の目の前に数枚の写真を無造作に広げた。