お願い、私を見つけないで 〜誰がお前を孕ませた?/何故君は僕から逃げた?〜

Side朔夜

「何故、狂ったように、君は畑野凪波をそこまで求めるのか」

目の前にいる人は僕に問う。

「僕は……狂っていない」

僕は……そう答えるしかできない。

「そうか」

悠木という男は、感情が見えない声でそれだけ言うと、急に外に出て行ってしまった。

僕は、ガラス越しに凪波と2人、取り残されてしまう。

何故、凪波を求める?
そんなのは、何度も何度も考えた。
凪波が消えてから……彼女を諦めた方がいいのかと思ってから……繰り返し考えては、迷路に迷いこんだ。

最初は興味。
次は尊敬。
それから……。

言葉にすると、なんてちっぽけなのか。
そんな漢字2文字なんかでは言い表せないほど、様々な気持ちが、複雑に絡み合っている。

それは、狂っていることなのか?
凪波に、聞けばよかった。
しばらく、機械音だけが響く中で、僕は考えて考えて、そしてまた考えた。

でも、答えが見つからない。分からない。
……その時だった。

ぴーぴーぴー!!

けたたましく警告音が鳴り、部屋中を赤いランプが点灯し始めた。
Side朔夜

一体、何が起きた……!?

凪波を見ると、彼女の周りに置かれている機械のモニターにDangerの文字が表示されている。

「凪波!凪波!?どうした凪波!!」

僕はガラス窓を叩きながら、凪波に向かって必死に語りかける。
向こう側にそもそも、自分の声が届いているのか……ということを気にしている余裕はなかった。
その時、向こう側の部屋の扉から、悠木が現れた。
手術着のような服に、着替えていた。
マスクと帽子で、ほとんど顔は見えない状態。

「何をして……」

悠木は全ての機械の画面を確認してから、その部屋の中で最も大きい機械の操作をし始めた。

「おい!何をしている!!!凪波はどうなってる!!?」

僕はもう1度、ガラス窓を叩きながら叫んだ。
すると、じじじ……というノイズ音が聞こえてきた。

「悪いが、少し静かにしていてくれないか」

悠木の……スピーカー越しだと明らかに分かる声が、不気味に響いてくる。

「彼女を、君が殺したいなら、話は別だがな」

悠木はそう言うと、また処置に戻る。
まだDangerの文字は、消えない。

僕が……凪波を殺す?
そんな事、どうして思うんだ……!
くそっ!!!

「清様」
スピーカー越しに、女性の声がした。
見ると、もう一人悠木と同じような服を着た人間が入ってきた。
この人も、悠木と同じように、帽子にマスクで全身を覆っているため、容姿は目以外は分からない。

「何だ」
「山田から、先ほど報告を受けました。ターゲットは無事に確保した、と」
「そうか。丁重におもてなししろ、とだけ伝えろ」
「かしこまりました」

山田?
ターゲット?
丁重に、おもてなし?
まだ他に何かあるのか?

僕がそんな事を考えていると

「一路くん」

悠木が話しかけてきた。
女性は、いつの間にか消えていた。
僕と悠木は、ガラス越しに目が合った。
悠木の表情は、マスクによって隠されているので全く読めない。
それが一層、不気味さを増幅させる。

「間も無くタイムリミットになるらしい」

タイムリミット……?

「それまでは、考えておいてくれ。彼女を大人しく見ながら、な」

そう言うと、悠木は凪波に繋がれている機械を操作する。
凪波の体は、大きく痙攣し始めた。
Side朝陽

「おい、やめろ!!」

葉を殴りそうになっている藤岡を止めようと、藤岡の手首を掴んだ。
その時、全く同時に

「おやおや、どうしました?」
「山田さん……」

山田さんが、泣いている葉をひょいっと抱き上げた。
最初、葉はびっくりした様子だったが、山田さんに肩車をされて、機嫌が良くなり、満面の笑みを浮かべている。

「きゃっきゃっ!!」

葉は、山田さんの髪の毛を引っ張り始める。

「おい!葉!」

俺は葉を止めようとしたが、山田さんが俺の方を見て首を横に振る。
それから藤岡を見て

「とても良い子ではないですか」

と、優しげな眼差しで言った。

「あの……」

「良く、育てましたね、お母さんがんばりました」

山田さんがそう言うと、藤岡は、体から力を抜けたのか、床に座り込んでしまった。
俺も、藤岡に合わせてしゃがみ込む。

「おい藤岡、大丈夫か!?」

藤岡はこくり、と頷いたものの、はっと何かを思い出したように俺に掴みかかった。

「おい!何する……!」
「一路朔夜!ここにいた!!いたの!!」
「何だって!?本当か!?」
「うん!さっきの女の子達が教えてくれて……でも葉のせいでこんなことになって……」

ロビーで騒ぎを起こした事と、目撃者に逃げられた事を指しているのだろう。
俺は、落ちこんでいる藤岡の肩をぽんっと叩き

「まだ近くにいるかもしれない!俺、探してくる」

と、立ち上がった。その時。

「その必要はございません」

突然、山田さんがそう言った。

「必要が……ないとは……」

俺が尋ねると、山田さんは表情を崩さずにこう言った。
葉を、降ろさないまま。

「清様の所にお連れします。一路様もそこにおります」
Side朝陽

山田さんは、ホテルの奥の方に歩いていく。
葉を肩車させたまま。
俺と藤岡は、彼についていくしかなかった。

あの時、どうして俺は葉の手を取らなかったのか……。

考えすぎかもしれない。
でも、明らかに葉が山田さんの方にいるから、俺も藤岡も彼の申し出を拒否できなかった。

まるで、葉を人質に取られたかのようだった。

客室やレストランにつながっているエレベーターホールを抜け、裏庭に出た。
そこには、近くを流れる川よりずっと水が透き通った池っぽいものと、ガラス窓が印象的なチャペルがあった。
季節の花も咲き乱れている。

「綺麗なところ……」

藤岡が小声で呟いていた一方で、俺は少しの違和感が気になっていた。

「山田さん」
「何でしょう」

山田さんはこちらを振り返らないまま答える。
葉はこちらを見て

「あさひー!」

と無邪気に笑っている。
俺は葉に向かって、手を振りながら

「この周囲って、水がとんでくるんですか?」

と山田さんに聞いた。

「何故です?」
「今日は雨が降っていないのに、所々地面が濡れているので……」
「ああ、花に水やりをした時に溢れたのではないかと」
「ふーん……」

これも、考えすぎかもしれない。
だけど、その濡れ方は自然なものではないように思えた。
まるで、何かを洗い流すために濡らしたのではないか……というような……。

ぴたり、と山田さんはチャペルの前に立ち、扉を開けた。
ぎぎぎ、と古い木の音がした。

「どうぞ」

俺と藤岡は、先に中に通された。
本当に、その流れは自然。
逃げ出す隙を潰すかのような、見事なエスコートだった。

バタン、と扉が閉まった瞬間。
轟音が、轟き始める。

「なっ、何だ!?地震!?」
「きゃっ!!」

藤岡が俺にしがみついてきた。
そして葉は、いつの間にか肩車からは降ろされ、山田の腕に抱かれていた。
床が揺れている。
美しいガラス窓がせり上がり、灰色の壁が地面から現れた。

……いや、違う。
これは……。

「床が……下がってる……?」
Side朝陽

「何だ、これは……」

誰が想像出来ただろうか。
都会のホテルの真下に、SF映画のような世界が広がっているなんて。

教会の床という、とてつもなく大きなエレベーターによって連れてこられたのは、小さな蛍光灯が怪しく光る地下トンネルだった。

都会の地下鉄の様子は、テレビで見たことがあった。
それとは、印象は違った。
どちらかと言えば、ここにくるまでに使った高速道路の地下部分の方が、イメージはずっと近い。

地面は真っ直ぐに舗装されており、話し声は反響して返ってくる。
側面に張り巡らされた管が青白く光、それは灯りの代わりになっている。

でも、俺達を驚かしたのは、それだけではなかった。

山田さんは、葉を地面に下ろした。
すると、葉は興奮した様子で、それに向かって走る。
藤岡は、葉がそれに触ることを恐れ

「こら葉!」

と、急いで葉を捕まえた。

「やだー!!ぶーぶー!!ぶーぶー」

葉の興味を一瞬にして引きつけたもの。
それは、テレビや映画の中は勿論、ウエディング雑誌の中でしかお目にかかったことがない……細長く、見た者を圧倒させる真っ白なリムジン車。

「どうして、こんな所にリムジンが……」
「これから、清様の元にお連れします、どうぞお入りください」

いきなり、地下に連れられて、車まで用意されている。
映画のような展開であれば、こういうのは罠である、と相場は決まっている。

「ちょっと待ってください」

俺は、藤岡と葉の前に立つ。
もし何か、映画のような展開が本当に起きるのであれば、二人をどこかに逃がせるように……。

……どこへ、逃がせる?
俺は、背後をちらと見る。
道は、延びておらず、エレベーターになっていた床がゆっくりと上っているのが見えるだけ。

……くそっ……詰んだか……!?
いや、ここにいるのは若く見えても年はだいぶ上。
いざとなったら力技で……。

「どうしました?海原様」

山田さんの声が、トンネル中に響く。

「本当に……一路昨夜と……悠木先生のところに連れてってくれるんですか?」
「はい」
「証拠は?」

そう。証拠だ。
この車に、俺たちが乗って本当に安全か。
本当にこの人物が、目的地に連れて行ってくれるのか。
ここまで来て考えるべきことではないが、証拠をまだ、提示されていない。

「証拠……ですか」
「はい。それがない限り、俺はこの二人と一緒に車に乗るわけには行きません」
「そうですか……困りましたね……」
「では、証拠が出せない、ということですか」
「いえ、さっきから連絡がつかないのですよ」
「……誰と……?」

俺の問いに、山田さんは答えない。
となれば、答えは1つ。

「俺たちを、地上に戻してください」

安全を、取るしかない。
今は。
次の打手の当てがなかったとしても。

……でも、もしこの二人がいなかったとしたら、俺はきっと即答をできたかもしれない。
とても、今、もどかしい。
だけど……。

「さあ、どうしますか、山田さん。証拠を出しますか、出しませんか?」
「安心してくれたまえ、海原くん」

その声は突如、空間から聞こえてきた。

「……悠木……先生?」

その声こそ、まさに俺たちが今頼りにしたかった人の声。
しかし、話し方は、まるで別人。Side朝陽

「何だ、これは……」

誰が想像出来ただろうか。
都会のホテルの真下に、SF映画のような世界が広がっているなんて。

教会の床という、とてつもなく大きなエレベーターによって連れてこられたのは、小さな蛍光灯が怪しく光る地下トンネルだった。

都会の地下鉄の様子は、テレビで見たことがあった。
それとは、印象は違った。
どちらかと言えば、ここにくるまでに使った高速道路の地下部分の方が、イメージはずっと近い。

地面は真っ直ぐに舗装されており、話し声は反響して返ってくる。
側面に張り巡らされた管が青白く光、それは灯りの代わりになっている。

でも、俺達を驚かしたのは、それだけではなかった。

山田さんは、葉を地面に下ろした。
すると、葉は興奮した様子で、それに向かって走る。
藤岡は、葉がそれに触ることを恐れ

「こら葉!」

と、急いで葉を捕まえた。

「やだー!!ぶーぶー!!ぶーぶー」

葉の興味を一瞬にして引きつけたもの。
それは、テレビや映画の中は勿論、ウエディング雑誌の中でしかお目にかかったことがない……細長く、見た者を圧倒させる真っ白なリムジン車。

「どうして、こんな所にリムジンが……」
「これから、清様の元にお連れします、どうぞお入りください」

いきなり、地下に連れられて、車まで用意されている。
映画のような展開であれば、こういうのは罠である、と相場は決まっている。

「ちょっと待ってください」

俺は、藤岡と葉の前に立つ。
もし何か、映画のような展開が本当に起きるのであれば、二人をどこかに逃がせるように……。

……どこへ、逃がせる?
俺は、背後をちらと見る。
道は、延びておらず、エレベーターになっていた床がゆっくりと上っているのが見えるだけ。

……くそっ……詰んだか……!?
いや、ここにいるのは若く見えても年はだいぶ上。
いざとなったら力技で……。

「どうしました?海原様」

山田さんの声が、トンネル中に響く。

「本当に……一路昨夜と……悠木先生のところに連れてってくれるんですか?」
「はい」
「証拠は?」

そう。証拠だ。
この車に、俺たちが乗って本当に安全か。
本当にこの人物が、目的地に連れて行ってくれるのか。
ここまで来て考えるべきことではないが、証拠をまだ、提示されていない。

「証拠……ですか」
「はい。それがない限り、俺はこの二人と一緒に車に乗るわけには行きません」
「そうですか……困りましたね……」
「では、証拠が出せない、ということですか」
「いえ、さっきから連絡がつかないのですよ」
「……誰と……?」

俺の問いに、山田さんは答えない。
となれば、答えは1つ。

「俺たちを、地上に戻してください」

安全を、取るしかない。
今は。
次の打手の当てがなかったとしても。

……でも、もしこの二人がいなかったとしたら、俺はきっと即答をできたかもしれない。
とても、今、もどかしい。
だけど……。

「さあ、どうしますか、山田さん。証拠を出しますか、出しませんか?」
「安心してくれたまえ、海原くん」

その声は突如、空間から聞こえてきた。

「……悠木……先生?」

その声こそ、まさに俺たちが今頼りにしたかった人の声。
しかし、話し方は、まるで別人。
Side朝陽

山田さんが、ポケットから何かのリモコンらしきものを取り出し、ボタンを押した。

すると、リムジンの真上に広がる空間に、突如として映像が現れた。
いつもの白衣姿の悠木先生と……少し離れたところに別の男が見えた。
よく分からない……機械らしきものも、背景に少しだけ映し出されている。
医療機器……のような気もするが、少なくとも凪波の病院であんなものは見たことはない。

「やばっ……こんなの、もうアニメだよ……」

藤岡も口をあんぐりさせている。
葉は少し怯えた様子で、藤岡の背中に隠れた。

「こちらはリアルタイムの映像でございます。会話もできますので、どうぞ」

と山田さんは俺にリモコンの先を向ける。
そこに、マイクがあるのだろう……。

「悠木先生……今、どちらにいるんですか」
「それは言えないな。知りたければ、リムジンに乗りたまえ」
「本当に、そこに一路朔夜はいるんですね……?」
「映っているだろう?」

映っては、いる。男は。
でも、俯いており、表情も分からない。

「先生」
「何だね」
「凪波はいるんですか?」
「ああ」
「凪波を、この映像に出してもらうことはできますか」
「それはできない相談だ」
「どうして……!」

俺がそう言った途端、映像が乱れ始めた。

「まず……な……あ……が……き……」

狼狽えた様子ではないが、何かを思案した表情を悠木先生は見せる。
声は、途切れ途切れにしか聞こえなくなっている。
映像はぱっと消え、最後に
「山田!」
とだけ、悠木先生の声が響いた。
「御意」

と、山田さんは、先ほどまで映像が表示されていた場所に向けて、一礼をして、再び俺たちに向き直った。

「さあ、海原様。清様がお待ちです」

確かに、これを証拠と言わずに何を証拠というのか。

「リムジンに、乗られますか?」
「これに乗らなかった場合、俺たちはどうなる」
「ただ、ホテルにお戻りいただくだけです。ただし……」

山田さんは、少し間を空けてから、衝撃的な事を言う。

「もう2度と、婚約者の方にはお会いできなくなりますが」
Side朝陽

「……藤岡……起きてるか?」
「ん、起きてるよ。葉はまた寝ちゃったけど」
「そうか……」
「……うん……横になりやすいしね」
「……そうだな」
「どうせなら、綺麗な都会の景色でも見ながら、シャンパンを片手に……といきたかったけどね」
「……そうだな……」
「な〜んでアイマスクしないといけないんだろうねー」
「場所を知られてはならないって、山田さんが言っただろう」
「そうだけどさ、そうなんだけどさ……!」
「まあ……会話はできるから、暇つぶしはできそうだな」
「……そうだね……」
「……そうだな……」


結局、俺たちはリムジンに乗るしかなかった。

嘘かもしれない話。
全てが、夢かもしれない出来事。
けれど、それらがすべて現実ではないと言い切るだけの証拠もない。
そういう時の選択は……怖い、と思ってしまった。
俺は躊躇ってしまった。

「行きます!」

藤岡が真っ先に選んでくれたことに対して……俺は……安堵した気持ちと、申し訳ない気持ちと、情けないという気持ちが混ざり合っていた。

「なあ藤岡」
「ん、いきなりなんだね?スリーサイズは教えてやらんぞ」
「……離婚、怖くなかったのか?」
「……どうして」

声のトーンが、下がる。
感情が、消えた。
まただ。
藤岡は、どんな話でもノリノリで答える。
教えたがりという生来の気質もあるのか、雑談も盛り上げ上手。
この話以外は。

最初に俺が聞いたのは、高校時代以来の再会の時。
離婚をしたと藤岡が言った時

「旦那、どんな人だったん?」

と聞いた。
無意識に。
その時の、藤岡の表情が忘れられない。

「どんな人……」

さっきまで、手振り身振りを使い、生き生きと話していた藤岡から、一気にさあっと、感情が引いていった。
まるで、波が全てを攫うように。

その日から、俺は、藤岡にはこの話題をしなくなった。
する必要もなかった、というのもあるが。

でも、今は……。

「藤岡、さっき葉を叩いたろ」
「……あはははは、ダメだよねー感情的にならないようにって気をつけてたんだけど……失敗しちゃった……」

嘘だ。
藤岡は、簡単に感情的になるような人間ではない。
仲間として一緒にいて、それくらいは分かる。

「何があった」
「……んー?」
「さっき葉を見てた時の顔、俺が旦那の事を聞いた時の顔と同じだったぞ」
「えー?美人ってこと?」
「茶化すなよ」
「……別に……茶化して……なんか……」
「……変だろ、急にあんな風に取り乱すなんて」
「……海原こそ……変だよ」
「え?」
「凪波のことだけ気にしてれば良いのに、何で私たちのことなんか気にすんの……?凪波のことだけ考えてればいいじゃん、ヘタレ海原くん」

藤岡は気づいているのだろうか。
焦りっているのか、どんどん早口になっている。

「凪波は……大事だ。でも俺にとって、お前も葉も、大事な……仲間だと、思っている」
「大事な仲間……ねぇ……ふーん、そっか……そっかそっか」

それから、しばらく無言が続いた。
藤岡の気配は、動いていない。

「……藤岡?どうした?」

俺は気配の方に体を向けて話しかけた。
すると突然、誰かに抱きしめられた。

「っ……!!?」
「動かないで」

耳元に、藤岡の声が聞こえる。

「ごめんね、海原、分かってる、分かってるんだ」
「なあ、おい藤岡、どうしたっていうんだ……?」

藤岡は、泣いているような声だった。

「ねえ海原」
「……なんだ?」
「人ってさ……欲しいものを手に入れるために何かを傷つけるのって……どうしてやめられないんだろう……?」
「おい、藤岡?」
「葉は、やっぱりあの男の子供だった……!葉もいつかあの男のようになる……!でも、私の子供でもあったの……やっぱり……!」
「どうした、ふじお……んっ!?」

暗闇の中、俺は口を塞がれた。
涙の味が、伝ってきた。
Side実鳥

どうして、人は、何かをしてしまったあとに後悔をするのか。
後悔をするくらいなら、最初からしなければ良いのに。
旦那のこともそうだ。
女遊びが大好きだったのは、初めて会った時から。
私もそんな遊び相手の1人に過ぎなかったと知ったのは、たった1回のセックスで葉を妊娠したと分かった時。

あいつが私と結婚したのは、ただ、世間体だけだった。
親が言うから。
親戚が怖いから。
全部を他人のせいにして、しまいには

「お前が妊娠なんかしたせいだろう」

とまで言われた。
その癖自分は、自分は無理矢理結婚させられたんだ……という被害者ヅラをして、次から次へと女の子に手を出していき、また若い女の子を妊娠させていた。

そういう男ほど、外堀を埋めるのがうまい。

「嫁のあんたが、旦那の心をつかまないのが悪い!」

この妊娠騒動の時に姑から言われた言葉は、もう一生忘れないだろう。
人は都合の悪いことは、簡単に事実をねじ曲げて記憶をする。
私の社会人人生は、そんなことばかり。

だからだろう。

「おう、藤岡。今日もよろしくな」
「本当に、頼りにしてるからな」
「ありがとな。お前がいてくれて……よかった」
「葉はどうした?あいつと一緒に、母さんが作ったパイでも食べようと思ってさ」

そんな優しい言葉を毎日浴びせられたら、勘違いをしても仕方がない。

そう、これは、ただの勘違い。
私の心が創り出した、まやかし。

「藤岡……お前……」

このキスは、衝動的。
きっと、いつか後悔する。
でも、この時はそれをせずには居られない。
私は、せずにはいられなかった。

「……うるさい口を塞いだだけ。深い意味は、ないから」
「……そうか……」

海原は、それ以上何も言わなかった。
聞いてはくれなかった。



それから、私たちは言葉を交わすのをやめた。
車の揺れを感じながら、私は暗闇に凪波の姿を見ていた。

ねえ、凪波。
私は、海原とあんたが幸せになることは、本当に良いことなんだよ。
それが、1番正しいことだと、思うんだ。
どんなに過去、後悔をすることをしたとしても、努力をすれば、いつかは報われる。
そんなお伽話が現実に起こったら、それこそ本当に祝福されるべき道だと思うから。

だからお願い。
一路朔夜を、諦めて。
海原を、選んで。


そう願った時。
車が、止まった。
扉が開いた音と同時に

「どうぞ、アイマスクをお外しください」

と、山田という男の声がした。
ゆっくり外すと、急に光が目に入ってきた。
少しずつ、目が慣れていくのを待つ。

あれ、何……?
建物……?
レンガで出来ている……?

徐々に輪郭を取り戻していく私の視界。
それがはっきりした時、その場所を知っていることを思い出した!


「こ、ここって……!!!!」

急いでスマホに、心当たりがあるワードを入力する。

「藤岡どうした……!?」

海原も、アイマスクを外し終えて視界を取り戻していたのか、私が操作するスマホに目線を合わせていた。

「ねえ海原。あの……映像の人、悠木先生って言うんだよね……?」
「あ、ああ……」
「山田って人は、清って言った?間違いない?」
「そうだけど……どうしたんだ?」

悠木清。
ずっと、引っかかってた名前。
もしかすると、普通にある名前なのかもしれないと、気にしないようにしていたけれど、この場所を見て確信した。

「あった……!!!!」

私は、見つけた画面を海原に見せる。

「これ……!!」

それは、英語で書かれたニュース記事。
タイトルは……奇跡を創りし者。



next memory...
Side???

くくく。
ようやく、時がきた。
この日のために、私は人生全てを捧げた。
能力も家柄も、身体も……。
彼女が私を拒否した理由全ては、彼女を再び手にするための道具として実に良く、働いてくれた。

……もう終わりだ。
虚しく過ぎ去る時などに、決して意味はない。

彼女を奪おうとした神など、私にはいらない。
私こそが、新たな神なのだ。
神とは、創造しなくてはならない。
新たな世界を。
今日は、まさにその第一歩となるに相応しい門出。

もう少しで、全てが終わり、そして始まるのだ。
それまで、大人しくしていてくれよ……。