Side朝陽

山田さんは、ホテルの奥の方に歩いていく。
葉を肩車させたまま。
俺と藤岡は、彼についていくしかなかった。

あの時、どうして俺は葉の手を取らなかったのか……。

考えすぎかもしれない。
でも、明らかに葉が山田さんの方にいるから、俺も藤岡も彼の申し出を拒否できなかった。

まるで、葉を人質に取られたかのようだった。

客室やレストランにつながっているエレベーターホールを抜け、裏庭に出た。
そこには、近くを流れる川よりずっと水が透き通った池っぽいものと、ガラス窓が印象的なチャペルがあった。
季節の花も咲き乱れている。

「綺麗なところ……」

藤岡が小声で呟いていた一方で、俺は少しの違和感が気になっていた。

「山田さん」
「何でしょう」

山田さんはこちらを振り返らないまま答える。
葉はこちらを見て

「あさひー!」

と無邪気に笑っている。
俺は葉に向かって、手を振りながら

「この周囲って、水がとんでくるんですか?」

と山田さんに聞いた。

「何故です?」
「今日は雨が降っていないのに、所々地面が濡れているので……」
「ああ、花に水やりをした時に溢れたのではないかと」
「ふーん……」

これも、考えすぎかもしれない。
だけど、その濡れ方は自然なものではないように思えた。
まるで、何かを洗い流すために濡らしたのではないか……というような……。

ぴたり、と山田さんはチャペルの前に立ち、扉を開けた。
ぎぎぎ、と古い木の音がした。

「どうぞ」

俺と藤岡は、先に中に通された。
本当に、その流れは自然。
逃げ出す隙を潰すかのような、見事なエスコートだった。

バタン、と扉が閉まった瞬間。
轟音が、轟き始める。

「なっ、何だ!?地震!?」
「きゃっ!!」

藤岡が俺にしがみついてきた。
そして葉は、いつの間にか肩車からは降ろされ、山田の腕に抱かれていた。
床が揺れている。
美しいガラス窓がせり上がり、灰色の壁が地面から現れた。

……いや、違う。
これは……。

「床が……下がってる……?」