「蘭?今日はいかないの?」



その日の夜のこと。3回のノックのあと部屋に入って来た母は、黙々と机に向かう私にそう声をかけた。



時刻はもうすぐ23時を回るところ。夕飯を食べ終えてから部屋にこもって出てこなくなった私を不思議に思うのも無理はない。

1年以上、22時から22時半の間に家を出て公園に向かう日課があった人間だ。それが突然なくなったら、なにか心に変化があったと思うのは、当然と言えば当然のことだった。



「何かあったの」も「どうかしたの」も、母は何も聞かない。私の日常をいつもそばで見守ってくれているからこそ、「今日はいかないの?」という言葉に心配も不安も詰め込まれているような気もした。



椅子を回転させ振り向く。母は、私の机に広がるレターセットの束と、白紙の便箋を見つけたようで、少し瞳の色を変えた。



「ホットミルク、入れようか」


優しさと嬉しさが詰まったような声色でそう紡がれ、私は頷いた。