「蘭のこと見てると、俺は元気が出るんだよ。無性にな」

「…そう、なの」

「そうだよ。だから、笑っててほしい。もちろん悲しい時は泣いてほしいし、苦しいときはくるしいって言ってほしいけど。でも、やっぱさ、蘭は好きな人だから。できるだけ、可能な限り、平和で穏やかな日々の中にいてほしいって思う」



好きな人だから。

今まで聞いた中ででいちばん説得力があって、だけどいちばん、距離を感じる言葉だった。




「まずは蘭は、やることがあるだろ?だから今はそのことだけ考えな」

「でも、綺」

「俺のことはいい。俺は、大丈夫だからさ。それより、蘭がちゃんと友達と向き合って、物語が動いたらまた教えて」

「…っ、」

「俺の話……いつか、蘭に、聞いてほしいな」



いつかって、いつ?綺が私に過去のことを話してくれるのは、心を許してくれるのは、いつなの。

だけどそれは、綺には聞けない。聞いてはいけない、そんな気がした。ぐっと拳を握りしめ、私は小さく頷いた。


綺の変わらないやさしさが、この時だけは、とても嫌いだと思った。