『過去と向き合うって、すげー気力がいることだから。自分の人生、そりゃみんなラクして生きたいって思うよ。楽しいことだけしてたいし、やなこと全部忘れてヘラヘラ笑ってたい。でもさ、逃げても逃げても、過去の自分は切り離せないんだ』



そう思う何かが、過去にあったんだ、きっと。


逃げることは悪いことじゃないって真夜中さんも言っていた。逃げる度胸があることは凄いことだって。


だから綺も、どうしてもつらくてくるしいことがあったなら逃げてもいい。だけど──それを経験したうえで、言っているのだとしたら。



「綺に、私はまだ『綺は大丈夫』って言えない。綺のこと何にも知らないから、無責任なこと言えない、から。……でも、もし。もし、綺が立ち止まってしまって、どうにもできなくて、だけど変わりたくてって、…そんな時に、背中を押してあげたいって思う」



めちゃくちゃな日本語でも、今、この気持ちをきみに伝えたかった──伝えなければならない気がしたのだ。

──けれど。




「蘭」



私の必死の言葉を遮って、綺が名前を呼ぶ。強く芯のある声に制されて、その先はもう言えなかった。