綺のことを、私はいまいち掴み切れていないままだった。
『思いだすのが苦しいことは俺もわかるから』前に綺は言っていた。綺にとって思いだすこともままならない出来事は、どんなものなのか。
綺にしてもらったみたいに、私も彼の力になりたいという気持ちはあるけれど、踏み込んでいいのかわからなかった。大きな傷だったとしたら尚更、私が簡単に触れて良いとは思えない。
すると、そんな私の心情を読み取ったのか、「なんだよその顔ー」とおちゃらけた口調で言われる。
どんな顔をしているのか自分ではわからなくて、返事ができなかった。代わりに、「綺、」と小さく名前を紡ぐと、彼は首を向け、視線を合わせた。
「綺には……切り離せない過去が、いるの?」
震える声だった。踏み込み切れず、中途半端に踏み込んでしまったような気もする。
どうしたの、とか、何があったの、とか。もっとわかりやすい聞き方をする度胸があればよかったのにとも思う。それでも、それ以外に聞き方が見つからなかった。