そして盃を落とす音を聞きつけて、橘文弘の妻がやってきた。

「どうなされました?」

「うむ……葉が、迷いこんだ。」

「葉……でございますか?」

妻は、落ちている盃を、拾い上げた。

「もう、無くなっておりますね。」

「ああ。落としてやったからのう。」

「えっ?」

妻はしばらく橘文弘を見ていたが、自分を見ない相手に、首を傾げる。


「そなた……春の中納言殿を、知っているか?」

「はい。関白左大臣家の……」

「そうだ。どう思う?」

妻は盃を使用人に渡すと、橘文弘の隣に座った。

「そうですね。一度お見掛けした事がございますが、若い頃のあなた様に、似ております。」

「若い頃の、私に?」

それは、自分では気づかなった事だ。


「でも最近、不思議な噂を耳にします。」

「はて、どのような?」

妻は頬に手を当て、噂を思い出している。

「ご病気になられてから、お人が変わったみたいだと。」