依楼葉は口を開けたまま、床をじっと見つめた。

「桜の……君……」


- 桜の君様! -

- 桜の君と、お呼びするのですね -

- ええ。桜が一番好きなので -


依楼葉は、体が震えてきた。

「春の中納言殿。大事ないか?」

「え、ええ……」

それを聞いた父・藤原照明は直ぐに、御簾納を上げた。

「どうした?中納言。」

「いえ、何もございません。」

だが、依楼葉の顔色は、青くなっている。


「関白左大臣。春の中納言は、まだ本調子ではないようだ。これまでにしよう。」

「お、お上……」

御簾納をあげて、直接聞く帝の声は、あの桜の木の下で聞いた、桜の君、そのものだ。

「申し訳ございません。」

「いや。米の件は、これに控える夏の右大将に、申しつけておく。」

「は、はい。」

すると五条帝は、立ち上がった。


「春の中納言に、夏の右大将か。下に面白き事よ。」

そう言って、去って行った。