「背の君様。」

「ん?」

その優しい眼差しは、変わらない自分の夫だ。


「……昨日の晩。背の君様の想いは、お心に住んでいらっしゃる方に、届かぬと仰いましたね。」

「ああ。」

「何を申されるか。届くか届かないかは、お相手のお心内次第。思い切って、お会いしてみては、如何ですか?」

「桃花……」

あの嫉妬に狂った顔を、夫に見せまいと苦しんでいた桃花が、今は穏やかな顔をしている。

「遠慮なさる事は、ございませぬ。背の君様は、今をときめく春の中納言様。お心を寄せれば、それを受け入れぬ女が、どこにいるのでしょう。」

依楼葉は、驚く。

桃花は、他の女と恋をしてもよいと、言っているのだ。

だがその表情は、相変わらず寂しそうだ。


「ふっ……ははは。はははっ!」

それを見て、依楼葉は笑ってしまった。

「背の君様?」

「それは我に、他の女の元へ通えと、申しているのか?ははは!可笑しい。」