父は、これまた依楼葉の耳元で囁いた。

「あの時は、家の存続ばかり考え、文武両道と言うだけで、そなたに無理を押し付けてしまった。今ならまだ、前に戻るかもしれん。」

それを聞いた依楼葉は、クスッと笑った。


「父上様。中納言になろうと思ったのは、私です。今も、中納言が嫌になったのではなく、西の方の事を考えていました。」

「そうか……」

父はそんな依楼葉を、微笑ましく思った。

「……たくましく、なったのう。」

「いいえ。」

依楼葉は、スーッと息を吸い込んだ。

「まだまだ、始まったばかりでございます。」

依楼葉の姿に、咲哉の姿が重なる。

父は、瞬きを数回した後、目をゴシゴシと擦った。


「父上様?」

「あっ、いや……」

よく見れば、やはり咲哉に扮した依楼葉だ。

「では、参ろうか。春の中納言。」

「はい。」


その時の依楼葉は、どこか吹っ切れた様子があった。