「まだ、私だけの背の君様なのですね。」

桃花の目は、今にも蕩けそうに甘くなっていた。

目だけではない。

唇も艶っぽく、半開きになっている。

「ではやはり、今夜は……」

「ひぃっ!」

依楼葉は、上着を持つと立ち上がった。

「今夜は、調子が悪いようだ。」

「あっ!背の君様!!」

こうして依楼葉は、西の対から逃げてきて、自分の部屋でその夜は、一人過ごした。


次の日。

一睡もできなかったのか、依楼葉の目の下には、真っ黒なクマができていた。

「春の君様……どうなさったのでしょう。」

「まさか、恋のお相手を想うと、夜も眠れないとか。」

「ああ!春の君様ぁ!」

それでも、春の君の人気は衰える事を知らない。


一方、事情を知っている父・藤原照明は、誰もいない部屋に、依楼葉の呼んだ。

「その様子だと、西の方とはうまくいかなかったのだね。」

「はい……」

依楼葉は、すっかり項垂れてしまった。