恋……

その言葉に、依楼葉は悩ましげな表情を見せる。


「おやおや。中納言は、本当に恋をしているようだ。」

側にいるのが父であるから、隠さずに認めればよいのだが、何分男の成りをしている今では、余計な心配をかけるだけだ。

「中納言。そなたは今、藤原咲哉になっているけれど。」

父は、依楼葉の背中に、そっと手を当てた。

「元の成りの幸せを掴めるのであれば、中納言を辞めてもいいのだよ。」

「父上様……」

父は、少しだけ微笑んだ。

「これは父としての、一つの意見だ。決めるのはあくまで、そなた自身。」

「はい。」

こうして父は、咲哉に扮する依楼葉に、春が訪れている事を知ったのだ。


恋を知った春の中納言の噂は、その艶めかしさと一緒に、瞬く間に宮中を駆け巡った。

もちろん、右大臣・藤原武徳の耳にも入り、それは人から人へ伝わり、遂には厄介人まで、届いてしまった。


藤原咲哉の妻・桃花である。