「あの公達は、どなた?」

「さあ。桜の君とだけ……」

「桜の君……はて、聞いた事がないわね。」

綾子はそう言うと、大きな欠伸をした。


「あーあ。また明日から、いつもの生活ね。」

その言葉に、依楼葉はハタッと気づいた。


また、この桜の下で。


会える訳がない。

依楼葉は、中納言・藤原咲哉なのだから。


「どうしたの?和歌の姫君。」

「……いいえ。何でも。」

依楼葉は、近くの部屋に座った。

自分は何て浅はかな、約束をしてしまったんだろう。

時鳥なく やさ月のあやめ草
あやめもしらぬ 恋もするかな
(ほととぎすが鳴く五月、その五月のあやめ草。そのあやめという名のように、どうしたら良いかも分からない恋をすることよ。)

依楼葉は、そっと涙を溢した。