依楼葉は、ハッとした。

知られてしまった。

自分の名を……


「失礼致します。」

依楼葉は急に立ち上がると、綾子のいる方に、走り去ろうとした。

だが、桜の君の手が、依楼葉の腕を掴む。

「あっ……」

お互い、後ろ髪引かれると、その手を放せない。


わかれては 逢はむ逢はじぞ定めなき
この夕暮や かぎりなるらむ
(ひとたび別れては、再会できるかどうか、あてにはならない。この夕暮が最後の夜なのだろうか。)


「桜の君様……」

この夜を最後にしたくない。

その気持ちが、依楼葉は嬉しかった。


うれしきを 何につつまむ 唐衣から
ころもたもとゆたかにたてと 言はましを
(この嬉しい思いを何に包もうか。衣の袂はゆったりと裁つように言っておけばよかったのに。)
※嬉しさをあたかも人から贈られた品物のように見なし、大切に包んでおきたい